子供の頃、家に柚餅子(ゆべし)がありました。家の誰かが買ったとは考えにくいので、もらいものだったと思います。
それがどんなふうに食卓に上ったか、よく思いだせません。ご飯のおかずじゃなかったことは確かです。完全にお菓子だと思って食べたんですから。
それが柚子の加工品であること、柚子をくりぬいて皮だけをお釜のようにして、中に何かを詰めたものだったことは、はっきり覚えています。それを丸かじり……するわけないので、おそらく切ったのが食卓に上ったはずです。でも、どんな切り方をしてあったのか、思いだそうとすると頭の中に霧がかかって先に進めなくなるのです。
わたしはその、柚子の加工品を、完全にお菓子だと思って一口食べました。
「げっ、何これ、臭いし、不味い……ぺっ!!!」
それがわたしと柚餅子の最初の出会いだったのです。
いつの頃からか柚餅子がただのお菓子になってる件について
時は何十年も流れまして、珍獣様も脱皮や合体を繰り返してすっかりお年ごろの大人に変態しました。大人になってから何度か東北へ行きました。東北へ行くと、柚餅子という名前で餅菓子みたいなものを売ってますよね。
▲たとえばこんなのとか。かんのや の「ゆべし」です。
ゆべしって、柚餅子のことですよね。でも、かんのやは柚子の香りなんかぜんぜんしない、甘いお菓子です。かんのやに限ったことじゃなくて、ちまたで見かける柚餅子は、みんな甘いお菓子なんです。
それでふと、子供の頃のことを思いだすわけです。
昔食べたのは、強烈に柚子臭かった。
昔食べたのは、甘くなかった。
昔食べたのは、ズバリ言って味噌味だった。
あれは一体、なんだったの?!
トラウマフードとの再会
そんなある日、はてなの id:paluko さまが能登・中浦屋の短冊ゆべしのことをダイアリーに書いてらっしゃったのであります。
◎おや友練馬支部・改:[和菓子]中浦屋「短冊ゆべし」
http://d.hatena.ne.jp/paluko/20111018/p1
なんと、中浦屋の柚餅子は、お菓子なのに茶わん蒸しの具にしたり、お吸い物に入れたりするっていうじゃないですか!
これを読んで幼き日の思い出が一気に噴き出し「子供の頃に見たものは、柚子に何かをつめてどうにかしたもので、丸くて黒くてすごく変わった味がしてました。それが大嫌いで、なんでこんな気持ちの悪いものを食べるんだろうって思ってたんです(どんなひどい言い様だ)」と手が勝手にタイピングして送信ボタンを押していたのです。ポチッとな。
すると慈悲深く親切な paluko さまは「それならこの柚餅子をおたべなさい、家来になるのですよ」と、わたくしに中浦屋の柚餅子を送ってくださったと、そういうわけなのです。
ただ、ちょっと待ってください。わたしが子供の頃に食べた柚餅子は、中浦屋のとも違うんです。
http://yubeshi.jp/shop/yubeshi/maru-yubeshi/post-2.html
この説明によると、中浦屋の柚餅子には砂糖や水あめが入ってますよね。醤油も入ってますが、順番が最後なので、甘さのほうが勝ってると想像します。中身はもち米だそうですし、たぶんそれほど理解不能な味じゃないと思います。
それで、せっかくだから、幼き日に食べた、あの黒くて丸くて柚子臭くて味噌味で、思わずペッてなっちゃう柚餅子をどっかで調達してこようと考えたわけです。
題して「柚餅子をたずねて約二時間、東京都青梅市でトラウマフードを探せ!」計画が発動したのです!!!
いや、ただ検索してみたら青梅市の沢井ってところで昔食べたみたいな柚餅子を作ってるところを見つけたから買いに行っちゃっただけなんですけどね、えへ。
◎青梅プチ旅行
http://d.hatena.ne.jp/chinjuh/20111022
そのときの道中記はここの書きました。柚餅子を作ってるのは「ゆずの里・勝仙閣」という料亭旅館です。事前にメールで在庫を問い合わせたら、わざわざ買いに来る人がめずらしかったのか、旅館の人がいろんなこと教えてくれました。
これが丸柚餅子だ
▲これが paluko さまから戴いた中浦屋の柚餅子です。公式サイトによると、砂糖・水あめ・醤油などで味付けしたもち米を、柚子釜に詰めて、蒸して干したものだそうです。
▲そしてこの写真の手前のやつが、青梅の勝仙閣まで買いに行った味噌入りの柚餅子です。柚子釜に八丁味噌、松の実、胡桃、胡麻、八味ゆずを詰めて、蒸してから干したものだそうです。中身は違うものの製法は中浦屋のとほぼ同じです。
▲切ってみました。手前が中浦屋で、右奥のサラミみたいなやつが勝仙閣です。写真撮ってる間も柚子の香りがすごいです。
あ、そうだ、申し遅れましたが、わたくしは子供の頃、柚子の香りが大っきらいだったのでございます(あくまで子供の頃の話で今は好きです)。あの頃だったらこの香りだけで逃げたかもしれません。
実食:中浦屋編
それでは食べてみます。ドキドキするなー。
まずは中浦屋のやつからね。
もぐもぐ……
うん、これは普通かな(っておい)。美味しいです。味は御手洗団子のたれみたいな感じ。甘くて醤油味。お菓子というほど甘くはないけど、充分にお菓子として理解できます。
っていうかですね、このお菓子っぽいやつをお吸い物や茶わん蒸しにするんですか? なんかそのほうが意外。もっとしょっぱいのかと思ってた。
触感は中津川のからすみに似てます。からすみより少し柔らかいかな。
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=824
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1218
中津川のからすみについては、この辺読んでください。
中浦屋のを料理に使うんだったら、もしかしたら中津川のカラスミも料理に使ったりする?? しないかな。こっちはほんとにしっかり甘いから。
[追記]
その後何度か食べてみると、「御手洗団子のたれ」っていうのはかなり違うなと思いました。けっこう甘いです。遠くかすかに醤油の香ばしさがあります。
そしてしっかり柚子の感じが残ってます。キンカンをかじると舌がピリッとして苦味がありますね。柚子の皮の部分はそれに似てます。
[追記2]
茶わん蒸しにして食べてみました。蒸すととろりととけて卵とからみあい、柚子の香りがただよって悪くなかったです。椎茸や銀杏とともに薄切りにして少量入れたのでかろうじてご飯のお供でしたが、もし沢山入れたら甘いのでプリンのようになるかもしれません。それはそれでデザートとして美味しそう。
実食:勝仙閣編
じゃ、次は勝仙閣のを。
ぱくっ、もぐもぐ……
うー、
あー、
ええと……あれ?
なんだ、美味しいや(おいおい)。
不味い、ペッってなるのもネタのうちだと思ってたけど、月日って珍獣様の味覚をも変えるんですね。
これは確かに子供の頃に食べたのと同じタイプのものだと思います。強烈に柚子の香りがして、味は完全に八丁味噌。カツオ節の匂いもします。子供の頃に食べたのは、もしかするとさらに砂糖が入って甘みそ味だったかもしれません(甘くなかったと書いたような気もするけど、そもそも記憶があやふやなもので)。
でも、勝仙閣のはお菓子ではないですね。完全に珍味。酒の肴やご飯のお供にするものだと思います。まあ、お茶菓子がわりに漬け物を食べる人もいるから、丸柚餅子だっていけなくはないですけど。
子供の頃にペッペッっとなったのは、お菓子だと思って食べたら味噌味だったのに驚いたのかもしれません。子供は理解できないものを不味い、嫌い、恐いって表現しますからねえ。
先に書いたとおり、子供の頃は柚子の香りが大嫌いで柚子味噌田楽なんか泣くほどイヤでした。なぜかわからないんですが、柚子の香りをかぐと紙の匂いを思い出すんです。柑橘のいい香りの向こう側から、昔の電車の水飲み場に置いてあった臭い紙コップのにおいがしてくるんです。
実は勝仙閣の丸柚餅子をじっくり味わうと、今でも紙コップ臭がほのかに鼻に残るんです。これは柚餅子のせいじゃなくて、わたしの鼻が何かを紙と誤認するんだと思います。
でも、子供の頃にくらべて味や香りの許容範囲が広がってますからそんなの全然問題なくなってました。トラウマあっさり解消です。味噌入りの丸柚餅子、おいしいじゃないですか。
◎ゆずの里・勝仙閣(トップページ)
http://yuzunosato-shosenkaku.com/
◎江戸の珍味!丸柚餅子(通販)
http://yuzunosato-shosenkaku.com/SHOP/T007.html
勝仙閣は東京都青梅市にありますが、多摩川の上流にあって東京とは思えないような山深いところです。なかなかいいところでしたよ。
忍法・丸柚餅子返しの術
ちなみに、このままでは家来にされてしまうので、palukoさまには勝仙閣のゆべしを送っておきました。あと、和歌山のおいしいもの担当 ひろこ様にも送り付けといたので後はよろしくお願いします(笑)
[追記]和歌山の柚餅子もいただきました
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1224