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野田市の猿田彦神1:須賀神社

 野田市は葛飾区から北に2〜30キロのところにある千葉県の都市で、キッコーマン醤油の工場があるので有名です。

 ちょっと前に用事があって野田市へ行くことになり、ついでに何か見られないかと思って探したら、市内の何ヶ所かに猿田彦(サルタヒコ)の像があるっていうので見に行きました。

 まずは須賀神社。地図で言うと場所はこのへん。

より大きな地図で 野田市の猿田彦像 を表示
 となりが紳士服のコナカです。東武野田線の、野田市駅から800mくらいなので、徒歩10〜15分といったところ。

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▲野田市・須賀神社 何か写り込んでいるのは霊や神じゃなくて残念ながらレンズの汚れ、です、たぶん。

 社殿がやけに新しいなと思ったら、震災で被害をうけたので、コンクリートで建て直し、平成二十五年(2013年)に完成したと境内に記念碑がありました。

google地図のストリートビューも、2012年11月の日付で建て直し真っ最中の状態です。ストリートビューはアップデートされ、別の写真と差し替えられてしまう可能性がありますが、今ならまだ見られます。



 さて、こちらの神社、一般的な須賀神社と同じでスサノオ神をお祀りしているとのこと。

 今回会いに来た猿田彦神の像は、社殿に向かって右奥にありました。

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▲猿田彦神の石像。文政6年(1823)造立とのこと。

 想像以上に立派な像です。高さはどのくらいあるでしょう。見上げて写してるので、台座をふくめると 2m 以上あるはずです。石像だというので、お地蔵さんみたいなものを想像していたのですが、風に衣をなびかせて立つ凝ったデザインじゃないですか。

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▲お顔:やや大きめの鼻

 猿田彦は、高天ケ原からおりてきた天孫(天照大神の孫ニニギノミコトのこと)を地上で出迎えたと言われています。『日本書紀』巻第二によれば「鼻の長さは七咫、背の高さは七尺」とあり、大男で鼻がものすごく高い(というより長い)ってことですね。

 行く手に変なのが現れたので、天孫はアメノウズメという女神に見てくるように言いました。ウズメが半裸で迫るとサルタヒコは道案内をすると申し出ました。

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▲台座には三猿の像

 なんでこれを見に来たかっていうと、単純に「猿田彦の像?もしかして珍しい?」って思ったからなんですけどね。ご近所の神社にサルタヒコあります? わたしが住んだことのある町ではサルタヒコは聞いた事ないんですけど、野田市内にいくつかあるんだそうですよ。

 なんで野田市で猿田彦神が信仰されているのかっていうと、それはよくわからないんですけど、庚申講か辻切りと関係があることは確かみたい。

 庚申講(こうしんこう)というのは 60日に一度まわってくる庚申(かのえさる)の日に、人が眠ると体から虫がでてきて、その人の悪行を閻魔大王に報告しに行くから寝ないで過ごすという行事です。

 庚申講はそうとう流行ってたらしく、とにかくあっちこっちに庚申塔(石碑)が残ってます。でもたいていは青面金剛という仏像と、三猿が刻まれてることが多いんです。サルタヒコじゃなくて。

 まあ、青面金剛は仏像ですから、神社ならサルタヒコじゃろう、っていう簡単な話かもしれないですけど。

おまけ:二十三夜碑

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▲二十三夜碑

 これも須賀神社で写しました。月待塔ってやつらしいです。月を見ながらお酒を飲んだり、お経をとなえたりして過ごす行事のことを月待ち講というそうで、二十三夜碑だから、あと数日で新月になってしまう細い月を見る集まりがあったってことでしょうか。

 二十三夜碑には「総州葛飾郡庄内領野田下町維時文化十四年星次丁丑春二月吉辰建焉」と刻まれています。

 野田下町はこのへんの地名で、近くの交差点の名前が「野田市下町」でした。維時は「時は」くらいの意味で、星次は歳次と同じ意味で年回り(十二支)のことですかね。吉辰(きっしん)は吉日とほとんど同じ意味らしいですよ。なんで辰なんでしょうね。昔の言葉は面白い。


 庚申講も、寝ずに神妙な顔してたとは思いにくいので、お酒飲んで楽しく過ごしたんじゃないかと思うんです。そういう集まりが盛んだったのかもしれません。隣には弁財天と大きく刻まれた石碑もありました。


◎野田市:須賀神社猿田彦神
http://www.city.noda.chiba.jp/syoukai/bunkazai/sugajinja.html

タグ:神社仏閣 寺社幻獣

郡山でプラネタリウムを見た話

 わたしは今年、葛飾区内の郷土と天文の博物館っていうところの年間パスポートを購入して、夏のすごく暑い間、避暑地として何度も利用しました。そこは歴史博物館とプラネタリウムが併設された施設なのです。何度も通っているうちに、プラネタリウムに興味がわいてきて、行く先々で見てみようかなって気分になってきた。

 そういえば郡山(福島県)の駅前にやけに高いビルがあって、てっぺんにプラネタリウムがあったはず。青春18きっぷで東北へ行くとたいてい郡山で乗り換えがあるので、そのビル自体は時間つぶしに何度か入ったことがあります。いっつも到着が17時ごろになっちゃってプラネタリウムは見られなかったから、今度こそ見られる時間に行ってみようってことで予定を組みました。

 というわけで、13:13いわき駅発の磐越東線に乗って、やってきました郡山。
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 このにょきっと高いのが問題のビル。24階建てなんだって。今回はツイートしながら回っていたので、ビッグアイという名前のビルなんだってフォロワーさんから教えてもらいました。

 ビッグアイは下の方がショッピングモールになってて、途中にお役所とか入ってて、ずーっと上のほう、20階〜24階が「郡山市ふれあい科学館 スペースパーク」っていう、博物館とプラネタリウムと研修施設みたいなのが併設されてる。ビルの上のほうにガスタンクみたいな球体が見えてると思うんだけど、その球体の上半分がプラネタリウムで、下が展示やなんかに使われてるみたい。

 で、ショッピングモールからエレベーターに乗ると、途中はすっとばして、いきなり22階に着くのよ。球体の外側で、球体の真ん中くらいにあたるフロアなのね。そこは展望室になってて無料で誰でもあがってこられるようになってる。

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 22階から見下ろすとこんな感じよ。東京だと22階建てなんて珍しくないよって感じかもしれないけど、まわりに高い建物がぜーんぜんないからすんごく高く見えるし、膝くらいの高さまでガラスだから視界が開けててすんごいの。高所恐怖症だったらチビっちゃうかも?!っていうくらい。

 22階には鉄道関係のジオラマもあってその道の人たちには評価が高いらしいです(それもフォロワーさんに教えてもらいましたw)。22階だけなら無料だし、午後8時くらいまで解放されてるので、郡山で乗り換えの時は降りてみるといいかもね。


 さてプラネタリウム。22階に券売機とかがあるはず。あるはずなんだけど、いわゆる博物館みたいな感じではないので、いきなりここにくると券売機が目に入らない。有料エリアに入るのは初めてなので、係りの人っぽいおねえさんに「初めてなんですけど、プラネタリウムの次回の上映を見るにはどうしたらいいですか?」って聞いたら、券売機はこっちですよって使い方を教えてくれました。大人400円也。プラネタリウムの入り口はその階段かこっちのエレベーターで23階にあがってくださいって説明がありました。

 上映にはまだ時間があるのでウロウロしてみる。22階はフロアの真ん中に球体があって、そのまわりに鉄道のジオラマや展望スペースがあったりするのね。で、球体に「ここへ入りなさい!」って言わんばかりの入り口があるの。フラッと入ろうとしたら、

「あ、そちらは下の展示スペースになりますからー」

ってお姉さんに止められてしまう。

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▲あ、絵がおかしい。22階は球体の真ん中よりちょい下くらいなので、球体がもっと大きくて床に埋まった感じです。入り口はこんな感じで、もぎりの人が立ってたりしないから、前を通るとつい入ってしまいそうになる。

 アホ顔で「へ?」って聞いたら、ここはプラネタリウムとその他の展示が別料金で「下の展示」っていうのを見るためには、さらにお金払わなきゃいけないらしいの。

 上映まで少し時間があるから値段によっては見てもいいと思いあたりをきょろきょろ。こっちもちゃんと聞かないのがいけないんだけど、お姉さんは別途きっぷを買いなさいっていう説明はせず、もごもごって何か言いたげ。

 ひょっとすると、地元の人たちはここに何があるかみんな知ってて、「展示を見る」「プラネタリウムを見る」って、意思表示がはっきりしてるのかなあって思います。

 だからわたしみたいに「プラネタリウムを見たい(見られるんならほかのものも見たい)」みたいな目的が半端な人が現れると、プラネタリウムの説明を的確にピシッとしてくれるけど、下の展示のことは曖昧な感じになっちゃうのかも?

 そういえば前回ここへ来た時も、球体へのゲートが無言で誘ってくるので入ろうとしたのを思い出しました。その時もお姉さんがすっとんできました。17時ちょっと前だったので、もう閉館なんですよって言われて、下の展示が有料なのも聞いた気がするんだけど、まさに「下の展示」しか眼中にないのでプラネタリウムのことは聞かなかった。

 おねえさんたち、このビルすごく目立つの。よそから来て郡山で途中下車すると、目の前にビッグアイがあって、上のほうになんかあるみたいってなると、上がってくる人けっこういるはずよ。その人たちは何が見られるかぜんぜんわかってないから……あとはよろしく(笑)

 「いつも戸惑う」ってツイートしたら、下も400円だよってまたもやフォロワーさんが教えてくれました。おお、フォロワーさん頼みの人生よ。下の展示も気になるので、次回はもうちょっと時間をとって見にこよっと。



 あ、つまんない話ばっかり長々と。そうそう、プラネタリウムを見に来たんでした。

 そうこうしてるうちに上映15分前になったので階段で23階へ。平日なので来館者は少なくてガラガラ。この回の上映はハワイの空から始まって、夏の星座の説明があって、それから全天周影像で創世の時代へ行ったりして、福島県の海辺(いわき市あたり)の星空を見て…というような構成で、それを素敵な音楽とともに楽しんじゃおうという趣向でした。葛飾区でいうとミュージックプラネットとかにあたるのでしょうか。

 ハワイから福島県への移動時には、光学映写機からドーム内全体に、壁にも床にも観客席にも星を投影して、まるで宇宙をただよってるかのような幻想的なシーンもありました*1

 最近のプラネタリウムはドームの真ん中に光学式の映写機があって、周囲の壁にデジタル影像を写すためのプロジェクターが複数設置されてるハイブリットなのが主流みたい。葛飾区のもそうだし、足立区のもそうだった。郡山のもそう。光学式映写機は美しい星を投影するのに適していて、プロジェクターは映画みたいにダイナミックなものを映し出すのに適してる、らしいです。

 おおまかな形式は同じでも、設置されてる映写機はそれぞれ別のメーカー、別の機種だったりするせいか(あるいは他の要素があるのかわからないけれど)、各地をめぐって比べると画質の違いがあるものです。郡山のは星がすばらしくクッキリ見えるのですごい。いや、肉眼で見た状態を再現するんだと考えたら、そんなにクッキリ見える必要ないとも言えるんだけど、たとえばアラスカあたりで見たらこんなかしらっていうくらい、郡山のプラネタリウムはクッキリでキラッとした感じの星が見えます。

◎五藤光学研究所:スーパーヘリオス
http://www.goto.co.jp/planetarium/h_pla_s-helios.html
 機械に書いてあった機種名を覚えておいて検索したらこのページをみつけました。郡山のはスーパーヘリオスという光学プラネタリウムと、バーチャリウム2という全天周用のプロジェクターを使ってるそうです。


 設置されてる映写機のメーカーがそれぞれ違うのに、番組内容は各地で一致してるのも不思議。そりゃ季節ごとに見える星は同じだから、ゼロから作ったっておおまかなところで同じ説明になると思います。が、「ナントカの星は駅前でも見えます」とかの小ネタまで同じだったら、共通の叩き台がなきゃおかしい。去年は足立区のも見に行ったけど、葛飾区の番組と絶妙に同じこと言ってましたからね。

 あくまで想像ですけど、プラネタリウムの番組に使う素材やシナリオを作ってるメーカーってのが、映写機のメーカーとは別にあるんじゃないですかね。そういう素材を組み合わせて、各地で独自のプラネタリウム番組を制作してるっぽい気がします。シナリオもあくまで叩き台なので、全然別のことを言う解説員さんもいるし、わりと基本通りのことを言う人もいるってことなのかなあって。

 たとえば、郡山では夏の大三角形の説明で、「はくちょう座を北十字と呼ぶ場合もある」と説明した上で「織姫星(ベガ)と彦星(アルタイル)が教会の前で結婚式をあげてるみたいですね」と言ってました。これを葛飾区では「はくちょう座をこんなふうに結ぶと あいあい傘ができます。その下に織姫星と彦星が…」と説明してるんですが、テイストの違いこそあれ発想としては同じですよね。中国の「かささぎの橋」伝説から別々に連想したにしては近いかなって思うわけ。

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▲夏の大三角形:はくちょう座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイルを結ぶ。

 あ、もちろん叩き台が同じだからダメってこともないんです。各地をまわるとそういうのが見えてきて、だからこそ館ごとの、解説員さんごとの個性も見えて面白い、という話。葛飾区なんか独自のデータを沢山持っててオリジナル色が強いって自慢してますからね。住んでる町の市町村区とくらべても面白いですから、みなさんご近所一周プラネタリウムめぐりの旅とか、ぜひしちゃってください。

 ということで、郡山のプラネタリウムもなかなか良かったです。10月には全天周映画で「銀河鉄道999 赤い星ベテルギウス いのちの輝き」をやるそうです。えー、ちょっと見たいかもー。10月といえば鉄道の日関係の乗り放題きっぷがあるしー。*2

◎郡山ふれあい科学館スペースパーク・公式サイト
http://www.space-park.jp/index.html
 ここのプラネタリウムは地上23階にあって世界で一番高いところにあるプラネタリウムとしてギネスブックに載ってるそうです。

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 帰りしなにちょいと見ればこんなペナントが。ネコのキャラはミーくんなのかと思ったら、ミーニャンというオリジナルキャラで、メーテルみたいな女の人はエンゼルナさんというそうです。もちろんキャラデザインは松本零士大先生で、スペースパークの名誉館長でもあるそうです。

関連記事

◎#青春18きっぷ :金町〜十王〜いわき〜郡山〜金町 まとめ
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1796

*1:自分の体にも星が映っちゃうので、宇宙をただよっているというよりはミラーボールに照らされてるみたいになるのが少しだけ残念ではあるんですが、やりたいことはわかるし、ちょっと面白い。
*2:実は同じ全天周映画を今年の春にスカイツリータウンのプラネタリウム「天空」でもやってたそうです。ぜんぜん気づいてませんでした。

タグ:東北

十王:貼りきれなかった写真など

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 写真左手にちょっと見えてる丘に蚕養神社がある。川が流れていく先は見えてないけど海。海の手前に国道6号線があって、トラックがばんばん走ってた。そうか、水戸街道をずっとくるとここなのね。

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 蚕養神社の前で街のほうを見下ろして一枚。大した高さじゃないとか書いたかもしれないけど、こうして見るとけっこう高い。

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 同じく、蚕養神社の前から川尻海岸を見下ろして一枚。写真下手ですんません。ここ実際見ると想像より景色がいいんですよ。

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 マンホールのある風景。広域下水道だそうで、市章が三つついてる。右奥の「立」に似てるマークが日立市、左奥のツンツンとがったところがあるのが高萩市(たぶん「高」の図案化)、手前の「6みたいなのはどこのマークだろう??
# 旧・十王町のマークでした。現在は日立市と合併して十王町はなくなってしまいました。

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 十王前横穴墓群の案内。えー、これ見に行きたいんですけどー。今回は距離感がつかめないのであきらめましたが横穴墓群は好物のひとつです。見に行って何が面白いのかって聞かれると困るんですけど、面白いものは面白いんだもん。
# 検索するとレポートはいくつかあるものの、場所がわかるように書いてある記事はほとんどないのね。

コメント一覧

ひろこ (09/05 10:50) 編集・削除

http://kawakaplan.web.fc2.com/ab51_ouketubo/kkab51.htm
ここら辺を見ると道もちゃんとしてないのかな。
藪こぎ覚悟か冬に行った方が良さげだね。

gabotyanは涼しくなってパワーアップかな。

珍獣ららむ〜 (09/05 11:49) 編集・削除

おおっ、ありがとうございます。
確かに土地の人ですら滅多に通わない感じに見える(笑)
冬に行くのはいいアイデアかもね。

gabotyan は食欲倍増で大変ですよほんと。
去年は年を越せるのかしらとか言ってたのに意味わからんですよ。

十王(川尻):うつぼ舟伝説と蚕養神社

 うつぼ舟というのは、木をくりぬいて作ったカプセル状の舟のことです。その昔、常陸国(ひたちのくに、現在の茨城県)の海岸に、うつぼ舟に乗って若い娘が流れ着いたという伝説があります。

 その娘が死んで芋虫になり、美しい繭を作るようになりました。以来、この土地では養蚕が盛んで、茨城県内に少なくとも三ヶ所のお蚕の神を祀る神社があるそうです。

 今回はそのうちのひとつ、日立市の蚕養神社を見に行ってきました。蚕(かいこ)を養(やしなう→飼う)と書いて、「こがい」と読みます。順番を逆にすると養蚕(ようさん)です。ちょっとややこしい!

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▲これが日立市・小貝ヶ浜の蚕養神社

 この神社、由来によれば日本で最初の養蚕業の守り神様だそうです。養蚕が盛んだった時代には参拝者が多くおとずれたということですが、今では寂しげな小さい神社なんです。

 常磐線の十王駅(昔の川尻駅)で降りて、海にむかって 30〜40分くらい歩いたところにあります。距離にして 2km くらいでしょうか。

より大きな地図で 日立市の蚕養神社(こがいじんじゃ) を表示

 青いポイントはコンビニやご飯を食べられそうな店の場所です。鳥居が神社で、泳いでるアイコンは海岸になります。


 なんでわざわざ、この小さな神社を見に来たかっていうと、ひとつには、わたしが趣味でお蚕を飼うので、関連する神社に興味があったからなんですが、それ以上に、この地の伝説がおもしろいからなんです。

 この話を書き始めると旅行記の域を超えてしまうので、なるべくアッサリ説明したいんですが、これがまた難しい。書いてるうちに夢中になってしまい、どんどん話が広がっちゃいそうで自分でおそろしい!!

うつぼ舟事件の舞台?!

うつぼ舟事件
 ええと、みなさん、こういう絵を見たことがないでしょうか。これは古文書のさし絵をもとに、わたしが落書きしたものなので999に乗れとか言っちゃってますが、もともとは江戸時代中期に実際にあったとされる「うつぼ舟事件」の絵です。当時の瓦版や、滝沢馬琴の『兎園小説』など、さまざまな文献に残っています。文献ごとに少しずつバリエーションがあったりするようですが、あらましとしては以下のようなものです。

 常陸国(茨城県)のとある海岸に、うつぼ舟が流れ着き、中から髪の毛の長い女性が現れました。女性は手に箱をもっており、異国の服を着て、言葉は通じないようです。舟の中には見たこともない、おかしな文字が沢山見えたそうです。土地の人たちは面倒くさいと思ったのか、女性を舟に戻して海に流してしまいました。

 「うつぼ」というのは中が空洞になったカプセル状の容器のことです。ちょうどアダムスキー型円盤のようなものが海から流れ着いて、中から女性が出てきたっていうんですよ。こんなショッキングな話、面白くないわけないじゃないですか!

 出てくる地名は「常陸国」であることは共通してるようなんですが、海岸の名前などはまちまちで、はっきりどことはわかりません。今回見に来た川尻・小貝ヶ浜も候補のひとつです。

神社に伝わる金色姫伝説

 今回お参りに来た神社には不思議な伝説があります。

 ある時、この地の海岸に、桑の木をくりぬいて作った繭の形をした舟が流れ着き、中から美しい娘が現れました。その娘はインドの大王の娘・金色姫で、継母に虐待されていたのを見かねた大王が、自分をうつぼ舟に乗せて流したんだと言いました。その地で五年暮らしたあと、体が弱って死んでしまいましたが、死に際に「自分は宿業により蚕(かいこ)という芋虫に生まれ変わるので、これこれこういうふうに育ててほしい」と言い残して昇天しました。こうして蚕がこの地にもたらされましたが、その虫は姫が継母に殺されそうになったのと同じだけ脱皮をし、そのたびに死にかけて、最後には美しい繭を作りました。里人はその繭を煮て糸をつむいで暮らすようになりました。

 繭の形をした舟ですから、つまりうつぼ舟です。完全にうつぼ舟事件じゃないですか!

うつぼ舟事件が先か、金色姫伝説が先か?!

 そこで問題なのが、うつぼ舟事件が先なのか、金色姫伝説が先なのかってことですよ。実はうつぼ舟事件は、滝沢馬琴が創作して広めたんじゃないかと言われていて、もしそうなら、この神社に伝わる金色姫伝説も、うつぼ舟事件をもとに創作された物語かもしれないです。

 いやいや、もしかしたら金色姫伝説が先にあって、馬琴はそれにインスパイアされてうつぼ舟事件を創作したのかも?!

 いやいやいや、創作とか夢のないこと言っちゃいけない。うつぼ舟はホントに漂着したに違いなくて、メーテルかスターシア様みたいなのが、ここいらの海岸に降り立ったに決まっているんだから!

 などなど、様々な思いが入り交じっちゃったりして、頭が爆発しそうなわけですよ。


 そもそもこの神社に祀られている神様は、ワクムスビ神、ウケモチ神、コトシロヌシ神です。

 ワクムスビ神は火の神カグツチから生まれる時に、ヘソから五穀、頭の上には桑と蚕が生えてきたと言われ、食べ物と養蚕の起源に関する女神様です。

 またウケモチ神はワクムスビ神の娘で、口から魚や獣を吐き出して人々に食べ物を与えていたという、やはり食べ物の神様です。あるとき天からやってきた月の神が、口から出したものを食べさせるなど汚らわしいと怒って、ウケモチ神を斬り殺してしまいました。すると、その死体から五穀が生え、眉毛は蚕になったと言われています。母娘そろって食べ物と養蚕の神様だってことですね。

 最後のコトシロヌシ神は託宣の神様なので、神々と人間を結ぶ通訳的な存在だと思います。


 あれ? うつぼ舟とか出てこない?
 あわてない、あわてない、話には続きがあります。


 孝霊天皇の御代に、小貝ヶ浜の沖にワクムスビ神が現れてありがたいお告げがありました。そこで里人たちが社をたてて、養蚕業の守護を祈願する神社としました。これが蚕養神社の由来です。ヤマトタケル尊が東征のおりに、この神社に参拝したことで、戦わずして蝦夷を平らげることができました。


 って、やっぱりうつぼ舟とか出てこないじゃん!
 一致してるのは「海に女性、何か言いたげ」ってことくらいですよね。


 結論を言うと、何がルーツなのかはわからないんです。まあそう簡単にわかっちゃっても面白くないですから、謎は謎として残ってたほうが絶対いいに決まってる。

 少なくとも、金色姫伝説は江戸時代ごろに付け足された物語だろうって思います。養蚕業は古事記や日本書紀の時代から行われていましたが、全国的にひろがって盛んになったのは江戸時代じゃないかと思うんですよ。

 神社に掲示されてた由来書きでは、最初から蚕養(こがい)神社だったかのように書いてあったけど、もとは地名を冠した「小貝神社」だったかもしれないですよね。ワクムスビさんもウケモチさんも食べ物の神なので、豊作や豊漁の守護神として養蚕と無関係に信仰されてたっておかしくないでしょう?

仮説その1:馬琴のうつぼ舟事件→金色姫伝説に書き換えられて神社の由来に加わった
仮説その2:金色姫伝説→馬琴がその話からうつぼ舟事件をでっちあげた
仮説その3:馬琴は当時知られていた事件を面白おかしく書き残しただけで創作はしてない
仮説その4:その他??
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▲蚕養神社の神社額

うつぼ舟や女神様が現れたっていう、海はどんなところ?

 うつぼ舟や金色姫のことを考え始めると、ずーっとずーっと同じこと説明しちゃうくらい夢中になっちゃう。ハイヌヴェレ神話とも関係してそうだし、竹取物語も類話なんじゃないの、なんてことも思ったりする。

 でも良く考えたらこれ旅行記なんでした。やばいやばい、完全に忘れるとこだった!


 というわけで先に進みます(もう手遅れな感じもするけど)。
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▲川尻海岸:今は、もう秋… すげー、ほんとに誰もいない!

 蚕養神社は小高い丘の中腹みたいなところにありまして、そのすぐ下が海岸です。写真左手の崖の上に神社があります。神社から数分歩いたところに浜辺への出入り口がありました。海水浴場だと書いてあったので、夏休み中は賑わっていたのかもしれません。

 このあたりの海には、山椒の実ほどの大きさで、色も山椒のように赤い、小さな巻き貝がとれるそうです。土地ではその貝を「蚕生貝(さんしょうがい)」と称して、これを持っていれば蚕に癖が入らず良く育つと言われていたそうです。

 可能なら一個でもいいので、わたしも欲しい、というか見てみたいと思い、砂浜を歩いてみましたが、蚕生貝どころかゴミもろくに落ちてないきれいな砂浜で、波だけが寄せては返すばかりです。

 でも景色は良かったなあ。ここにワクムスビ神や、金色姫や、うつぼ舟に乗ったメーテルみたいな人とかが降り立ったかもしれないんですよねえ。

 うーん、旅っていいなあ。また来よう、きっと来よう!

 ちなみに蚕生貝ですが、リュウテンサザエ科の巻き貝に、サンショウガイ(山椒貝)っていうのがありまして、たぶんそれのことだと思います。またダジャレ…いや、語呂合わせか。

◎北の貝の標本箱
https://sites.google.com/site/kitanoex/kohukusokumoku
 こちらのサイトにサンショウガイの仲間がいくつか掲載されています。リュウテンサザエ科ってところを参照のこと…うっ、サンショウ貝だから参照って、もうだめだ、ダジャレが抜けない、タスケテー。

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▲現地の様子を古文書のさし絵みたいに書いてみたよ。神社はこんな感じで丘の途中にあります。それほど高い丘じゃないけど、石段がけっこうあって、足が悪いと厳しいかもしれないですが、丘の途中から下を見ると、海がほんとにきれいだった。

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▲小貝ヶ浜緑地の案内
 神社のある場所よりさらに階段を上って先へすすむと、波切不動とか、いろいろあるらしいです。距離感がつかめなくて、今回は先には進みませんでしたが、次はここに時間をとっていろいろ回ってみようかと思ってます。



関連記事

◎#青春18きっぷ :金町〜十王〜いわき〜郡山〜金町 まとめ
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1796

タグ:神社仏閣 伝説

#青春18きっぷ :金町〜十王〜いわき〜郡山〜金町 まとめ

 以前あるところで「青春18きっぷが○日分残っています。どんな旅をすればいいかプランを作ってみてください」とかなんとか、質問してみたことがあります。

 そしたら、集まった回答がネットの乗り換え案内を使ってがちがちに乗るだけのプランばっかりで「はぁ?」という感じでした。その時は「完全に馬鹿にされてるよねえ」と思いましたが、冷静に考えると乗るだけで満足できるタイプの人もいるのかもしれないですね。

 わたしは電車やバスに乗るのは好きです。どこで乗り換えてこうやったら、いくらでここまで行ける、という計画も楽しいです。

 が、乗るだけじゃイヤなんです。やっぱり、途中でこういう観光をする、何を見る、という旅の目的あってこその乗り物だと思います。目的は些細なことでよくて、街角のオブジェを見に行くだけ、なんてこともあります。

 今回の旅は「青春18きっぷ 1日分で行く、JR金町駅発、日立市の蚕養神社を見て、郡山駅前でプラネタリウムを見て金町まで戻る日帰りの旅」です。

 わたしの中では福島でも「いわき」「郡山」あたりは普通列車でも日帰り圏内だと思っています。出発地が金町(葛飾区)なので、東京の西の方だと厳しいかもしれないですが、山手線沿線なら、わりと同じようにできるかもしれないです。


 というわけで、電車関係のまとめ行きます。画像はYahoo!乗換案内のiPhoneアプリの検索結果を加工して引用しました。

旅行日:2014年9月2日(夏の青春18きっぷ 1日分使用)
出発駅:金町駅
下車駅:十王駅、いわき駅、郡山駅
最終等着駅:金町駅

金町〜十王:蚕養神社を見る

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▲6:17金町発〜9:00十王着

 このへんは「ちょっと行ってくる」のレベルです。常磐線なので本数もあるし。もっと早い電車に乗ってもいいんですが、これより早い電車に乗ろうとすると、路線バスが始発前なので、家から金町駅まで、けっこうな距離を歩かなきゃならないです(まあ、もっと詰め込んだスケジュールの時は夜明け前に歩いたりもしますけど)。

 十王駅は、何年か前まで川尻駅だったところだそうです。駅から徒歩で3〜40分のところにある、蚕養神社(こがいじんじゃ)を見て、近くの川尻海岸を少しだけ歩いて、また徒歩で駅までもどりました。その様子はまた別の記事に書こうと思います書きました。

 十王駅には12時に戻れれば良かったのですが、早く戻れてしまったので10:55分のいわき行きに飛び乗りました。現地の様子がわかったので、次回はここをメインにゆっくり来ればいいわけだし。

◎うつぼ舟伝説と蚕養神社
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1797
◎貼りきれなかった写真など
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1798

十王〜いわき:駅前でお昼を食べる

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▲10:55十王発〜11:47いわき着

 次の目的地が郡山なので、いわきから磐越東線に乗ろうというわけです。次の郡山行きが13:13発なので、1時間半くらい余裕があるのでお昼を食べたいなあと。

 いわきは大きな街なんですが、駅前で目につくのは東京にもありそうな店ばっかり。地元で何十年みたいな食堂とかが好物です。そういうのも探せばあるのかもしれないですけど、1時間半だと探してるうちに終わりそうなので、駅前のラトブというショッピングモールのスーパーでお弁当を買いました。
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▲赤魚弁当 498円(税込み)

 これをそこいらのベンチで食べました。葉蘭でかくれてますが、おおきな赤魚(メヌケの仲間?)の煮付けが入ってて、付け合わせも豊富なので下手な定食屋に入るより豪華なんじゃないの、という当たり弁当でした。

 弁当だけじゃ1時間半はつぶれないので、ラトブ内でお店を見たり、同じビルの上のほうに入っている図書館で観光案内を見たりして過ごしました。

◎いわき総合図書館
http://library.city.iwaki.fukushima.jp/viewer/info.html?id=244
 かなり立派な図書館で、月曜もやってるみたい(月の最終月曜のみ休館)。

いわき〜郡山:プラネタリウムを見る

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▲13:13いわき発〜14:48郡山着

 磐越東線は いわき〜小野新町間の本数が異様に少ないです。この路線を使おうと思ったら、まず何時発の便に乗るかを決めてから、残りの時間をどうするか考えたほうがいいです。

 今回は「十王で降りなければならない」「プラネタリウムが見られる時間に郡山につかなければならない」「磐越東線には乗れたら乗る」という条件を決めてから、たまたま調べたらこの時間に磐越東線があったので乗りました。

 磐越東線は山の中で沢と平行して走ったり、田園風景の中を走ったりと、車窓からの眺めがいいです。沿線に草野心平の生家や、あぶくま洞・入水鍾乳洞など見どころも多数ありそうでした(駅からは少し離れてるみたいですけど)。


 郡山駅前でプラネタリウムは、また別の記事で書こうと思います。改めて記事を書きました。

◎郡山でプラネタリウムを見た話
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1799

郡山〜水戸〜金町:帰宅する

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▲16:51郡山発〜水戸で乗り換え〜22:43金町着

 JR金町駅は常磐線なので、いわきからだと常磐線のほうが早いです。が、郡山まで来ちゃったら、本当は東北本線で上野を経由して帰ったほうが近いです。

 でも、わたしは水郡線が好きなので、こっちの方へ来るといっつも水郡線に乗って水戸から常磐線で帰ります。だって水郡線の車窓から見える田園風景がいい感じだし、水戸からの上りの常磐線も空いてて確実に座れるから。

 ただ、この時間だと途中で確実に日が暮れてしまうので、外が見えなくなってからは退屈でキツイです。冬や春だったら日も短いので素直に東北本線を使ったほうがいいなって思いました。


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