▲ヒガンバナ。今朝、水元公園にて。もう花は終わりかけ。
子どもの頃、よく言われたことに「どんなにきれいでもヒガンバナだけは摘んじゃいけないよ。ヒガンバナを摘むと火事になるから」というのがあります。同時に、ヒガンバナは毒だから危ないっていうのもセットで聞かされました。子どもが毒草にあたらないように昔からそうやっておどしてたのかもしれません。
そうは言ってもヒガンバナはきれいだし、お寺のまわりに生えてるのを見て、近付いてみたくて仕方がなかったのですが、祖母などは近付くのもダメだといって嫌な顔をするわけです。さすがに近付いただけで害があるはずないのですが、なぜかヒガンバナは墓地に生えてましたから、昔は土葬であったことや、墓場での作法などにも関係があるのかもしれません。そういえば、墓場では駆け回るなっていうのも繰り返し言われました。墓で怪我をしたら絶対に治らないからと。
そんなこんなで、小学生の頃までヒガンバナが「大好きなのに近づけない花」でした。
中学生になって、ある日学校の理科の先生が「部活動で植物採集に行って掘ってきたんだけど、君にあげよう」と言って、ヒガンバナの球根をくれました。なんとなく掘ったものの、持ち替えてっても植えるところがないので、たまたま居合わせたわたしにくれたんだと思います。
摘んだら火事になるとまで言われている花の球根を掘り返してくるなんて大胆だなあと思いながらも、先生がせっかくくれたものだからと持ち帰り、庭の片隅に植えてみました。その年は一輪だけ、翌年からはたくさんのヒガンバナが咲いて、そりゃあもう美しかったのを覚えています。家は火事にならなかったし、植える時に球根を素手で扱いましたが特別なんの害もありませんでした。
とはいえ、ヒガンバナは毒草です。佐藤潤平という漢薬の原植物の研究で有名な博士が、若い頃にヒガンバナで中毒したことがあるそうです。花があまりに美しいので摘み取って、帰宅する途中で和菓子屋に立ちより「お菓子を食おうとした途端に、ヒガンバナの柄が折れて、その汁が指についたが、そのままお菓子を食って寄宿舎へ帰った」そうです。
すると、夕食時には風邪のような症状がでて顎の下が硬直、翌朝には脇の下が赤く腫れており、昼ごろになると股間の一物まで腫れてきたのであわてて病院に行くと、ヒガンバナの中毒だろうと言われたそうです。
なんせ大正時代の話なので、本当に中毒だったかは少しあやしいのですが、それでも植物の偉い人が自伝*1にそんな話を書き残しているくらいだから、人によってはそのような症状が出るのかもしれません。
近ごろでは、お年寄りがそういう話をほとんどしないのか、ヒガンバナを警戒する人が少ないですね。昨日だったか、町おこしで河辺にヒガンバナを植えているという話をラジオでしていました。たしか、新実南吉の『ごんぎつね』にちなんだ企画だと言ってたような気がします。
幼稚園などのイベントで球根を植えさせ、その子が大人になってから「あれはわたしが植えたのよ」などと思い出してくれたら、などと言うのですが、それは本当に、ごんぎつねに描かれた世界なのかなあと首をひねりました。
ごんぎつねの中で、ひがん花が出てくるシーンは、兵十の母親の葬儀のシーンだったはずです。
「墓地には、ひがん花が、赤い布のようにさきつづいていました」
「葬列は墓地へとはいって来ました。人々が通ったあとには、ひがん花が、ふみおられていました」
あの物語でヒガンバナは単純に美しい花として描かれているのではなさそうです。墓地に咲いている花で、人が土葬される時には容赦なく踏み折られる。そこには言葉にはしにくい、何か特殊な感情が漂っているような気がします。
わたしが子どもの頃、ヒガンバナに抱いていた感情もそれに近いものです。秋になると墓場に咲き乱れ、あれほど美しいのに大人がいやがって近付かない。なぜ嫌うのかとたずねれば、摘めば火事になるとか、毒があるからとか、何かしら理由はあるものの、本当に言いたいことは言葉にはならず、迷信の底にしずかに漂っているんです。だからこそよけいに美しく、心にナイフのように突き刺さる花なのではないかと。
幼稚園児に球根を手渡し、どんな説明をして植えさせるのかわからないけれど、毒なんだけど大丈夫なのかとまず首をひねり、ごんぎつねの里をめざすのなら、幼児期の楽しい思い出にヒガンバナの手植え行事なんてやっちゃったらぶち壊しなんじゃないのかとどうでもいいことを考えました。
*1:『薬になる植物III』
タグ:植物
日野@愛媛 Eメール URL 2013年10月01日(火)10時46分 編集・削除
こんにちは。
丁度一昨日に母から聞いた話ですが、戦時中にヒガンバナの球根を供出したんだそうです。
毒があるのが判っているので、掘り取り作業の後にはとことん手を洗わされたとか。
集めた球根はいったいどうなったのか?
晒して毒を抜いた食べたのだろうか?
gabotyan