◎夜泣き石伝説
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1204
先日、市川市の夜泣き石伝説に関連して、国府台合戦の流れ矢が飛んできたという柴又の橋のことをチラッと書きましたが、写真をとってきました。
▲こんな場所です。今は川(というか用水か?)は暗渠になっていて、橋はもうありません。
歩道にこんな車止めがあって、橋のあった場所には名前が書いてあります。「やつけはし」は矢付橋という字を当てるらしいです。ここに、合戦のときに流れ矢が飛んできたという伝説があるらしいです。
以前、コメント欄で「ここもパワースポットですよ」と教えてもらったお稲荷さんがある交差点です。上の写真の中央奥に赤いのぼりが見えているのがそれです。パワースポットの話はこっちです>
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=862
より大きな地図で 矢付橋 を表示
場所はここです。夜泣き石と同じ地図にポイントしてありますから、広域表示にすると位置関係がわかりやすいと思います。
矢付橋がある交差点から、北西に向かう道をどんどん上って行くと、道沿いに「小和田橋」「すみよしはし」「にいぼりばし」「しんあづまばし」などの跡があります。どれも橋は完全になくて、車止めに名前だけが残ってます。
ずーっと行くと、シャトレーゼのあるところで下の写真のような感じになってます。緑の柵の向こうがたぶん川(用水?)だったスペースです。今は遊歩道になっています。いずれ川下と同じように道路にする予定じゃないでしょうか。
▲シャトレーゼのある交差点
遊歩道をさらにどんどん進むと、こんな場所に出ます。ここから先ちょっとだけ川が表へ出てるんですよ。整備されて親水公園みたいになってますけどね。
▲新宿交通公園の脇、長次郎橋の跡があるところ。新宿は「にいじゅく」と読みます。葛飾区内です。
▲長次郎橋の跡。長次郎橋の由来はちょっとわかりません。「葛飾区史」を丹念に見たら、もしかすると何か書いてあるかもしれませんが、先日図書館へ行ったときに、つい調べ忘れました。
# 後日『増補 葛飾区史』を見てきましたが、少なくとも索引に「長次郎橋」はありませんでした。きっと作った人の名前かなんかでしょうが、どんないわれがあるのか気になりますね。