別の記事のコメント欄で、水元の飯塚橋から浅間山が見えるかどうかっていう話になって「足立区の舎人公園からは見える」と教えてもらいました。
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?mode=comment&no=1261#comment
記事本文は「赤城山」が見えるかどうかって話なんですが、浅間山は多分見えないって書いたら、建物の影にさえならなければ見えますよって話になったわけです。
今朝は天気がよかったので舎人公園まで行ってみました。撮影場所は、足立区にある舎人公園(とねりこうえん)の、あさひ広場ってところにある小高い場所です。
▲どうもこれが浅間山っぽい。送電線の鉄塔の間、エンゼルハイムというマンション越しに白っぽく見えてる。肉眼でもなんとなく山っぽくは見えるけど、雲じゃないのかって言われるとウーンと悩んじゃうような感じでした。
▲コントラストを上げて山の輪郭が見えるようにしたもの。クリックで少し大きな写真。
距離があるのでかなり厳しいですが、確かに見えてますね。へー、東京からも見えるんだ!
▲こっちは富士山。富士山はほんとによく見える。ダイヤモンド富士になるのは、2015年1月16日ごろ、11月25日ごろ。
群馬からは、富士山が見える場所がほとんどありません。少なくともわたしが住んでたことがある伊勢崎市からは見えませんでした。そのかわり浅間山(あさまやま)がよく見えるんですが、これがまあ、伊勢崎あたりから見ると富士山そっくりで、東京から来た人が「えっ、富士山じゃないの?!」なんて言うくらい。
そんなこんなで子供の頃は富士山を見たことがなく、東京に移り住んでからは、建物の間から富士山が見えるとレアなものを見たような気分になったものです。今じゃ逆に、浅間山が見えるのが珍しくて仕方ないのですが。
古来、日本人は富士山に対して特別の感情を持っていて、地元の山が富士山と高さを競う昔話が各地にあります。
誰もが富士山に登ってみたいという欲求はあるものの、昔は自由に旅に出る余裕はなく、お金を出し合って代表を富士登山に送り出す富士講なんていう集まりもありました。
富士山に行けない人たちが、土を盛って作った山を富士山に見立てて、その小山に登ることで富士登山したつもりになる富士塚信仰なんてのまであります。
東京暮らしが長くなり、たまに群馬へ遊びに行くと、中山道を旅した昔の人たちがどんな風に山を見てたんだろうと考えます。霊峰富士は江戸や武蔵の野っ原からよく見えたでしょうが、上州に近付くと見えなくなって、やがて浅間山がよく見えるようになります。
似てるとはいえ浅間山は富士山よりだいぶ小さいし、見違えることはないと思います。それでも自然のなりゆきとして、浅間山を富士山の似姿として眺めたんじゃないのかな。富士山の女神を祀る神社を浅間神社(せんげんじんじゃ)と言ったりするし。
▲秩父の山も見える。武甲山と両神山。
筑波山や男体山も見えてましたが、風が強くて撮影どころじゃなくなり、帰ってきてしまいました。
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