▲観音様の立ち姿。天気が悪かったのがちょっと残念。
▲まるでマリア様みたいなお顔立ち。そして赤ん坊を抱いています。木喰の子安観音みたいにおっぱい丸出しだったらもっと人気が出たかもしれない?!
▲ここから観音様の胎内に突入ですよ。
▲一階部分には観音様の名前が書かれた掛け軸がたくさん。
▲胎内巡りはひたすら階段で! エレベーターとかはありません。段差がないなだらかな螺旋階段なので上るのは想像するより大変じゃありませんでした。
▲この小さな仏様はにはお布施をした人の名前が書かれています。
▲階段の途中にこんな窓があって外を見られます。
▲ 10m ごとに胎内ご案内が貼ってあります。みんな「今このへん」って指さすんでしょうね。どの案内板も現在地が禿げてました。
観音様自体は身長が 57m あります。これはコンバトラーVと同じですが、作った人がアニメファンだったわけではなくて、観音様を造ろうと思い立ったのが昭和 57年だったこと、創立者の年齢が 57歳だったことにちなんでいるそうです。
人が上れるのは観音様のお胸のあたり、ちょうど 40m の高さまでです。
▲疲れちゃった人のために、たまにベンチが置いてあります。
▲ふう、やっと最上階、地上 40m に到着!
▲観音様の中にはさらに観音様がいて、傍らにあるのは??
▲こ、これは…?! 左下に何かある…
会津では家を建てるときに、棟木に男根と女陰を向かい合わせにして火伏せ(火事よけ)のお守りにするそうです。これはその男根のほうで、なでなですると良いことがあるかもしれないって書いてありました。
ムチムチ美女の観音様の胎内に男根だなんて、なんだか秘宝館みたいになってきましたが、もともと観音様というのはヒンズー教のシヴァ神と関係があると言われています。観音様のインド名アヴァローキテーシュヴァラは、アヴァローキタ(遍く見る)とイーシュヴァラ(自在神)に分解できるんですが、イーシュヴァラというのはシヴァ神の別名なんです。
そのシヴァ神はインドではリンガと呼ばれる男根で表されますから、観音様の中に男根をお祀りしてあるのは、深い意味のあることなんです(たぶん)。
美女のお姿をしているのだって、観音様が時に応じ、人に応じて、もっとも適した姿で現れる自在なる菩薩であらせられるからに違いありません。なんとなくバタ臭いデザインも、現代人のニーズにあわせてあるからかもしれませんよ。つまりこれは創立者の深い信仰のあらわれなんです!(た、たぶん、きっと!!)。
なお、火伏せの男根と女陰は、会津村内に移築されている児山家で実際に見られるそうです。
▲小さな千手観音も祀られていました。
会津村訪問記は次の記事に続きます。