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四川大地震の前兆としての雲

 暑いです。予報どおりの晴天。今日は25度を超える夏日になるとテレビで言っていました。地震が面白いのでそればかりに注目しているけれど、実はモンシロチョウが蛹になったり、しばらく前に蒔いたいろんなものが発芽したりしなかったり、カニもカエルも元気だしと、イベント盛りだくさんでめちゃくちゃなことになっています。

四川大地震の前に日本にも出ていた地震雲

 ところで地震雲である。北陸地震雲予知研究所(石川県小松市)の上出孝之所長(71)が日本時間の2008年5月11日午後3時過ぎに西南西から東北東に延びる地震雲を確認していたことがわかった。その雲は帯状型で沢山の小さな雲が寄り添うというもので、大規模地震の発生前に見られる形であり、マグニチュード8クラス、場所は中国と推測された。そして四川大地震が発生したのは翌12日である。上出氏は過去に十勝沖地震や04年のスマトラ沖地震も的中させているとのこと。(20日発行日刊ゲンダイ「日本の地震雲博士 四川大地震も的中させていた」地震雲の白黒写真付き)

 これが本当ならばすごいのだが、いかんせん発生後に出てきた話である。また四川のような遠いところの地震に関連する雲が、本当に日本に出るものなのか疑問は尽きない。上出所長には今時だからブログでもはじめていただきたい。雲の観測記録をたんたんと書きつづり、「どこそこ方面に地震の兆し、規模はこのくらい」と書き添えて。おそらく的中率は非常に低いと予想されるのだけど、当たった時のインパクトもまた強いはず。

 なお、博士は4~5日以内に東京や千葉などの関東圏でM4~5の地震がおきるかもしれないと言っている。

地震の前に虹色の雲が

 日本で前兆現象とおぼしきものが観測されるなら、当然中国にもそんな話はあるはずである。カエルの大量発生はニュースになっていたけれど、地震雲の類を撮影している人はいないのかと思い探してみたところ、大紀元の記事にそういうものがあった。蛇のように長いタイプの地震雲ではなく虹色の雲で、いわゆる水平環(太陽の暈の外側の輪が見える現象*1)の類ではないかと思う。

 観測されたのは陝西省宝鶏市東開発区の高新4路で13時34分とあるが、このあたりの太陽の南中時刻は何時くらいなのだろう。水平環は太陽が高い位置にないと見えない現象と聞くので気になる。なんにせよ珍しいことには違いなく、非常に美しい現象。見てみたい。

 この現象と地震との関連はわからないが、古典に見える地震の前兆現象に、雨の前に山が近く見えるのと同じように空が近く見え、星などが普段の倍の大きさに見える、というのがあるが、水平環が発生する条件と共通するものはないのだろうか。
 
◎大紀元
http://jp.epochtimes.com/jp/2008/05/html/d83561.html
陝西省宝鶏市東開発区の高新4路で午後1時34分とある。

◎こちらには動画も
http://www.youmaker.com/video/sv?id=7cf1ee64a8a54e119c0301b816ff9e54001
12日の地震半時間前に甘肅で撮影されたと書いてある。

*1:改めて調べてみると、水平環は外暈(46度ハロ)とも別の現象とのことでした。詳しいメカニズムを知りたい人は水平環、または環水平アークで検索するとよいでしょう。

タグ:地震

すごい雨、すごい風、安政地震に関する抜き書き

 ダイダラボッチが榛名湖にけっつまづいたような土砂降りの雨で目が覚め、雨が小降りになったと思えば今度は大風で、台風でも来ているのかと思ったら関東にはまだ遠いじゃないですかー。

 なんてことを書きかけて別のことをしているうちに、お昼頃には雨も風もおさまりました。明日は晴れると言っているからフェーン現象かなんかでまた気温上昇ですかね。

 ベランダのウシなんとかさん(カエル)は大雨によろこんでしきりに鳴いています。まだ小さいウシ2号も「ぴひゃ!」とか変な声をあげていました。

 『これが地震雲だ』なんかを読んでしまったせいで軽く地震マイブーム中ですよ。レコードチャイナにウィグル族が被災地に食料を送った話がありました。

◎新疆ウィグル族自治区では二万個のナンを焼いて被災地に送った(写真あり)
http://www.recordchina.co.jp/group/g19265.html
 大勢で、自分のうちのやり方で作ったと思われる、さまざまな形のナンを日向にならべて日持ちするように水分を飛ばしているウィグル族の人たち。こんな風景がまだあるんだなと思う。



 借りてきた本をめくっていると面白いことがいろいろ書いてあるので私見をまじえつつ抜き書きしてみよう。こういうのはネタ袋につっこんでいるんだけれど、こっちでやりはじめちゃったので流れで。いいかげん長文がウザイと思うので続きに追いやったので興味のある方はどうぞ。
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タグ:地震

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珍獣ららむ〜 (10/01 16:50) 編集・削除

 ついさっき、読み返して気づいたのだが、地震のおりに降ったという白い糸をひく虫ゴスサメルは、gossamerで、英語っぽく読むとゴッサマーである。

 それは虫そのものの名前ではなく、蜘蛛の巣のように繊細なもののことで、それが空を舞う様子もゴッサマーというらしい。その正体は糸をひいて風に乗る蜘蛛かもしれないし、ほかのものかもしれない。

 UFO関係の用語にエンゼルヘアーというのがあるが、正体不明の細長く白いものだから、これまたゴッサマーの一種かもしれない。

 その件についてチラッと検索したら、江戸時代の『梅翁随筆』にゴッサマー(エンゼルヘアー)とおぼしき現象が記録されているとか。
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/itimuan/maru/old14/aya383.html
>>
 しかしながら、江戸時代の奇談や珍談を集めた”梅翁随筆”の中に、寛永11年(1799)の10月14日に、大阪の淀川から四天王寺の方面へ、蜘蛛の巣のような、先が丸くかたまっているものが、あとからあとからひっきりなしに、ふわふわと上下しながら漂っていったという話があります。

 この現象は、昼ぐらいから始まり、正午過ぎくらいに最盛期を迎えた後、八つ時(午後2時頃)には終息したそうで、翌日はほとんど見られなかったとも記されています。

 その浮遊物質の内の幾つかが地面に落ちたそうで、そうしたものを一つ二つと手に取ってみると、糸がいくらか太いものの蜘蛛の巣と同じと思った人が多かったようです。

 奇妙なことに、それを手のひらで揉むといずれも跡形もなく消えてしまったそうで、このあたりは普通の蜘蛛の巣とは異なる現象ではないかと。

 最終的に梅翁随筆の筆者にも正体不明の謎の現象ということになったようで、こんな不思議なことがあったと記録したようです。
<<

 この現象のあとに地震があったという話はなさそうである。子供の頃に読んだUFO関連の本にもエンゼルヘアーが地震の前触れだという話はなかったと思う。

古典における地震雲に関する記述

 東洋・西洋の古典における地震雲に関する記述。地震雲という呼称は元奈良市長の鍵田忠三郎氏が発案したもの(『これが地震雲だ~雲はウソをつかない』日中新聞本社1980年刊、現在は絶版)。

凡井水無有一切他故而忽渾,并發惡臭者,震兆也。凡井水滾上,震兆也。凡海水無風而漲,震兆也。凡空中,時不當清瑩而清瑩,震兆也。凡晝中或日落後,天際清朗而有雲細如一綫、甚長,震兆也。凡夏月忽有异常之寒,震兆也。----龍華民(ロンゴバルディ)『地震解』1626年中国

# 一般に井戸の水がなんの理由でか悪臭を発するのは地震の前兆である。一般に井戸の水がたぎり上がるのは地震の前兆である。一般に海水が無風なのにみなぎるのは地震の前兆である。一般に時ならず空が輝くのは地震の前兆である(清瑩を輝くと訳してみたけど、単純に「美しい」とか「澄んでいる」とかかもしれないし、異常に凪いだ状態を言っているかも)。一般に日中あるいは日没後に、天にはっきりした一筋の細くてはなはだ長い雲があるのは地震の前触れである。一般に夏の月に異常な寒さが突然にあるのは地震の前触れである。(珍獣様の適当訳)

海に出ている水夫たちも、風がないのに突然波が高まるとか、衝撃が船を揺するとかするとき、地震を予知し(中略)地震が差し迫ると、晴天のとき、日中でも日没少し過ぎでも、地震の前に薄い雲の筋が広い地域の上に棚引く。井戸の水がいつもより濁り幾分悪臭があるときは、いまひとつの前兆だ。----プリニウス『博物誌』1世紀ローマ 中野定雄・他/訳

# この文の前に井戸の水を組んでいたときに霊感を得て地震を予知する話も見える。

天晴日暖,碧空清淨,忽見黑雲如縷,婉如長蛇,橫臥天際,久而不散,勢必爲地震----『重修隆德縣志』1935年中国

#鍵田氏の『これが地震雲だ』には
> 『一六六三年徳降縣誌』
とある。ネット情報と異なる文字の入れ違いは原文のまま。

# 天は晴れ暖かく、空は青く澄み渡る時、突然、一縷の黒い雲が、寝美のように長く、天に横たわり、しばらく消えないならば、必ず地震。(珍獣様の適当訳)

揺れ動く山のような体をもった雲が、大きな音をたてて稲妻をともない、水牛の角や蜂の群れや蛇のような雲が、雨を降らせる。----『ブリハット・サンヒター』6世紀インド 杉田瑞枝ほか/訳(東洋文庫)

# 上記はインドラの地震の特徴として記されており、この部分だけだと前兆なのか、地震と同時に起こることなのかわからないが、この前に記されているヴァーユの地震に「七日前の姿は」とあるので、前兆と取ってもよさそう。ただし、空が流星で覆われるとか、火が風とともに七日間吹き荒れるとか、おとぎ話のような表現も多く、一般的な地震の予知法としては現実味が薄い。

(丁稚が「地震がきそうだ」と言うのを番頭がしかりとばした夜に安政の大地震がおこったので、丁稚になぜわかったのかとたずねると)わたくしの父は信州の人間で、いつもいっていました。善光寺開帳のときの地震があった日の夕方に、西の方に白雲が霞のようにたなびいて、東のようにはつくねいものような雲がでていた。その夜あの国では大地震になったのです。またしばらくたって、前と同じような雲が東西に出た。これはおそらく揺り返しだろう、というわけで、その雲を見た人たちは家財を広い野原に運び出し、自分たちは竹林に身をひそめていると、はたしてその夜もまた大地震があった。父がこう話していたのを覚えていて忘れませんでしたが、あの二日にその雲がでていたものですから、思わず申してしまいました。----『安政見聞誌』中巻 口語訳は荒川英俊編・著『実録大江戸壊滅の日』より

原文は↓ここの、中巻20/22の左ページ
http://www.jcsw-lib.net/ansei/index.html


# 『実録大江戸壊滅の日』は、『安静見聞録』『安静見聞誌』『安政風聞集』を口語訳したものに解説を加えた好著で、教育社(ニュートンプレス)刊。残念ながら絶版。


 プリニウスの博物誌以外ははてなの人力検索の回答者のみなさんと、このブログへのGoudeauさんのコメントを手がかりに調べたり翻訳を加えたりしたものです。みなさんありがとう。


ついでなので記念に(?)ハードディスクの中のそれっぽい画像を公開

ファイル 318-1.jpg
▲2007年12月21日撮影、水元にて
 青い空にくっきり長いヘビのような雲は地震雲である可能性が高いと鍵田氏は言っている。これなんかかなりそれっぽい。このあたりは空港の近くってわけでもないので飛行機雲なら二本も並んで(つまり二機分も)出るだろうか?

 でも、目立った地震のニュースもなく、代わりに翌日の雨を当てました。


ファイル 318-2.jpg
▲2008年3月16日撮影、横浜にて
 これはかなり拡大したところで、引いた写真は下。ぴったり寄り添って二本の筋雲があるのであきらかに飛行機の両翼が作った雲なんだけど、どうするとこんなぐるぐる雲になるんだか??

ファイル 318-3.jpg


ファイル 318-4.jpg
▲2007年9月12日撮影、水元にて
 やけに真っ赤な夕焼けで、あんまりすごいのでしばらくブログのタイトル画像につかっていたほど。鍵田忠三郎氏によれば、異常な色の夕焼けや朝焼けも地震の前触れと言っていた。今ちょっと日付でググってみたらこの日スマトラ島で大地震が起こっているらしいですぞ。インドネシア西部時間午後6時10分とあるので、日本時間に換算すると午後8時10分であってますか? 夕焼けの写真をとってから丁度二時間後ですね、個人的には「これはスクープか?」という感じ。でも日本の夕焼けでスマトラの地震を予知できるかどうかは疑問。


 ちなみにわたしは地震雲には否定的でもあり肯定的でもあります。大規模な地震の直上でなら、なんらかの気象現象が起こっても不思議ないだろうと思う反面、『これが地震雲だ』で鍵田忠三郎氏が言っているような、中国で観測された地震雲で南米の地震を予知するようなことは、古代人が鳥の声で未来を予知したような占いの一種かなと思います。

タグ:空と雲 変な写真 地震

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Goudeau (05/19 22:39) 編集・削除

なるほど「日中でも日没少し過ぎでも」といふあたりがよく合致して居ますネ。元ネタはプリニウスでほぼ間違ひないでせう。さすが珍獣様。

『ブリハット・サンヒター』についていへば、激しい雷のときは地面も震動して居るやうにみえる、といふ観察から、雷と地震を関連づける考へかたのやうにみえます。カミナリさまが季節によつては地面にもぐる、といふ神話伝説が東アジアにありますが、同様の考へかただと思ひますネ。

脱線しますが、私の仮説ではアメノウズメとサルタヒコのカップルは天上世界のカミナリとやや低い中空のカミナリのカミナリ夫婦ではないかとにらんでをります。

珍獣ららむ〜 (05/20 09:17) 編集・削除

 プリニウスは絶対何か書いてるだろうからあとで見ようと思っていたので、先に中国資料がでてきて驚きました。

 『ブリハット・サンヒター』は、太古の昔、山々が暴れて大地をふるわせていたので、アチャラ(不動)と呼ばれる大地の女神が「自分の名にふさわしくない恥ずべき状態」と涙ながらに訴えるのを聞いて、ブラフマーがインドラ(雷神)に命じて金剛杖を投げさせ、山の陣営をほろぼした(山がうごかなくなった)と説明してます。ただし、ヴァーユ、アグニ、インドラ、ヴァルナの四神が善悪の果を知らせるために地震が起こるそうです。四神のくだりはあとからとってつけたような感じがするので、もとは雷神と地震を結びつける伝説だったのでしょうね。

Yuzou URL (09/30 22:07) 編集・削除

はじめまして。充実した参考文献とご解説、感服して拝見させて頂いております.
地震国、ニュージーランドの国名 「 アオ テア ロア 」(白い雲の長くたなびく)も、プリニウスの記述に似ていて、意味深長に思えます。

 実は、今日の夕方五時ころ、東の空の端から西の端まで続く、長い直線状の雲が出ているのに気がつきました。
2004年の中越地震の前日にも、同様の雲が現れたので印象に残っています。
いつも外出した時には、こうした雲が無いか、注意していますが、めったに現れません.後で知りましたが、今日はサモアで大地震があったのですね。

 こちらの2007年9月12日記事にも御座いますように、遥か遠くの地震も、雲に現れるのかもしれませんね.

 『ブリハット・サンヒター』の記述ですが、
当方、以前に桜島に滞在しました時、噴火を週二三度見ました。決まって噴煙が黒く雲のごとく立ち上ったかと思うと、その中に稲妻が発生し、大変恐ろしい光景でした.

 また、東南アジアで熱帯のスコールが通過する時も、黒雲と雷鳴が響き渡るのですが、その音と雨量、電光の激烈さは、日本の夕立とは比べ物にないくらい猛烈を極めました。劇的と言ってよいほどものすごいかったです。

珍獣ららむ〜 (10/01 17:14) 編集・削除

 Yuzouさんこんにちは。自然現象ってほんとうに面白いです。わたしたちが知らないだけで、現象の中からいろんなことを読み取れるのかもしれないです。

 ただ、謎なのは、なぜサモアの地震なのに、日本に地震雲が出るかってことなんです。震源地の地下で起こっている地質的な現象が空に影響を及ぼすとしても、震源の真上とその周辺くらいじゃないかと思うんです。越中地震については日本なので、日本の上空に変化があってもおかしくはないと思いますが、サモアは遠いですよね。

 もし、Yuzouさんが日本で見た雲がサモア地震の影響だとしたら、サモアではどんな雲が出ていたのでしょうね? 今度、変わった雲を見たら、日本の衛星写真だけでなく、世界広域写真も記録してみてはどうでしょう。

http://tenki.jp/satellite/
↑ここだと、日本以外の場所も見られるみたいですよ。

週末の日記(ペンギンランチ、金町のインド料理TIKA)

 先週は凍えるほど寒い日がつづいたと思えば、急に天気がよくなっていきなり暑いし、一体全体、日本の気候はどうなっちゃってるんですかねー。

シャトルセブン

 土曜日に江戸川区の中央ってところに用事があったのでシャトルセブンに乗ってみました。

 シャトルセブンというのはJR亀有駅南口からディズニーリゾートまでの路線バスで、まだ実験路線のようです。葛飾区から見ると、ディズニーランドは南にあって、車だったら環七で江戸川区へ抜けてから湾岸道路を東に曲がってすぐなのに、電車だと東京駅へ出るか、千葉側へ大回りしないとたどり着けない難所です。途中にある葛西臨海公園も事情は同じで、環七でまっすぐなのはわかっているのに電車だと遠いんです。

 そこで、亀有から環七で葛西臨海公園へ抜けて、ディズニーランドまで行く実験路線ができたらしいんですね。環七を走っているので愛称はシャトルセブン。一時間に一本くらいの間隔で走ってます。料金は葛西臨海公園までは200円均一、ディズニーランドまで行く人は400円です。葛西臨海公園まで、電車だとJRで450円かかるので、なんと半額以下で到着してしまう。乗り換えもないし、これはすごい!

 臨海公園まで乗りたいのは山々ですが、今回は江戸川区役所近くに用事があるので大杉第二小学校前(環七沿いで100満ボルトという電気屋のあるところ)で降りました。環七が空いてたせいもあるんでしょうが、想像よりずっと早く到着しました。いつもこの調子ならほんとに快適ですよ。

停留所
 亀有駅
 老健青戸こはるびの里
 青砥駅東交差点(#1)
 奥戸運動場
 上一色中学校
 大杉第二小学校(#2)
 一之江駅
 古川親水公園
 葛西駅
 総合レクリエーションセンター(#3)
 葛西臨海公園(#4)
 東京ディズニーランド・ディズニーシー

#1 青砥駅、慈恵医大付属病院の近く
#2 100満ボルト(電気屋)、ピカソ(ドンキ)の近く。江戸川区役所まで800mくらいでほぼ一本道、歩けない距離じゃない。
#3 かなり立派なバラ園がある公園。入場無料。
#4 葛西臨海水族園がある。人工の渚で水遊びも可能。

◎シャトルセブン運航中(江戸川区役所のページ)
http://www.machidukuri.city.edogawa.tokyo.jp/00_report/r03/index.html

いひひひひ

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▲椅子が笑っている!!タワーホール船堀にて。

 中央で用事をすませてから、おともだちの車でタワーホール船堀へ。タワーホール船堀というのは江戸川区にある文化施設で、結婚式場やら映画館やら、多目的ホールやなんかがあります。なんでタワーホールかっていうと高さ100メートルを超える展望台があるからです。タワー見学は無料で、土日もやってます。お正月に初日の出も見られるということなので年中無休なんじゃないでしょうか。

 高さ100メートルといわれてもどのくらいの高さなのかピンと来ないでしょうが、ビルで言うとだいたい20階を越えるような高さで、周辺のマンションなんかの遙か上空から見下ろす感じです。まわりは民家ばっかりなのでプライバシー保護のために双眼鏡の使用が禁止されています。展望室は上下に二段あり、高さは数メートルしか違わないはずなんですが、上と下では地上の見え方が違っておもしろいです。

◎タワーホール船橋(公式)
http://www.towerhall.jp/
 ホール利用の説明ばっかりでタワーについてぜんぜん説明が内のは一体どういうことなんだろう。場所は都営新宿線(地下鉄)船堀駅の前で、でかいタワーがあるのですぐわかります。

 上の写真はタワーホール船堀にあったなんの変哲もない休憩用の椅子です。いひひひひ。っていうかせっかくタワーを見に行って椅子しか写してこないっていうのは一体どういうことなのかと。

ペンギンの食事

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▲ペンギンの食事 580円。葛西臨海水族園にて。

 ついでなので葛西臨海水族園にも行きました。休日は人が多くて魚はろくに見えませんでした。レストランでペンギン体験メニューのポスターがあったので頼んでみました。宇和島産豆アジ50グラム、鹿児島産キビナゴ50グラム、ベトナム産タコ 1匹、瀬戸内産あみえび 5グラム、海藻サラダ 2グラム、レモン1/8個、タルタルソース 20グラム、ペンギンの砂糖菓子 1個、これに説明書がついて 580円! この詳細なレシピは説明書に書いてありました。ペンギンの食事は唐揚げではなく、ペンギンじゃない人は丸呑みしてはいけないそうです。

◎葛西臨海水族園
http://www.tokyo-zoo.net/zoo/kasai/
 魚はもちろん、ペンギンの展示もやってます。マグロ、マンボウ、フェアリーペンギン、ダイオウグソクムシ(キングアイソポッド)、シュモクザメ……

カレーではずし、焼き鶏でもはずした

 日曜日。おともだちとひさしぶりに金町へでかけてみたら、ベルシティの入り口(JR金町駅南口の目の前)にティカ(TIKA)という新しいインド料理店ができているので入ってみました。金町は衰退してて、パチンコ屋と大手居酒屋チェーン店ばかり元気がいいのでこういう新しい店ができるとちょっと嬉しいのです。

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▲金町のインドレストラン・ティカ(TIKA)。ベルシティー入り口側の店構え。こっち側から見るとかなり本格的でちょっとお洒落なインド料理店に見えました。

 夜だったので、インド料理をつつきながらお酒でも、というつもりだったのですが、入ったらいきなり日本人の店長っぽい人(というか経営母体から助っ人に派遣された手伝いみたいな人)が「あっちで食券を……」と指さしました。普通のインド料理店だと思っていたからここらでドン引き。店内は狭いながらもこじゃれた感じで、えー、この洒落た雰囲気で食券制なのーって少し驚いたけれど、まあいいかってお店を通り抜けて食券を買いに。

 ところが店員さんはすっごく微妙な顔してて、なんとなく通り抜けられたくない様子なんですよー。どうも表玄関は京成金町駅側の道路に面していて、ベルシティ側から入ってほしくない感じなんですよね。でも駅から見て真っ正面に見えるところに入り口があったらフツーそこから入るじゃないですか。それを迷惑がられても困ると思ったので知らん顔して食券を買いました。豆カレーセット。正確な値段はもう忘れちゃったけど750円くらい。ビールもあるみたいだったけど、すでに気持ちが萎えてるのでやめました。

 店はほんとに狭くてほとんどが壁に面したカウンター席。テーブル席もないことはないけど、カウンターに座ったお客さんが遙か上から見下ろすような位置関係で、狭い通路を店員さんやお客さんがうろちょろするのでゆっくり食べるような場所ではなさそうです。カウンター席も本当に狭くて、大きなナンの乗ったトレイを置くと、ナンが壁に当たっちゃうくらい狭いんです。壁向きのカウンターは人と目があわない気楽さがあるので、わたしはそんなに嫌いじゃないんですが、あまりにも壁に近くて食事に支障がある感じ。店は23時ごろまで営業してる様子でしたが、これはあくまでお昼ご飯をちゃっちゃと食べて出てしまう店なんでしょうね。松屋みたいなファーストフードだと思えばいいのかも。でも、それなら松屋に行くかもね。

 カウンターに座って待ってたら、他のお客さんがビールを頼んだらしくて「スーパードライお待ち遠さま」という声が聞こえてきました。げー、ここもドライなのかー。もう何処へ行ってもビールと言えばドライばっかり。ドライ嫌いなのよ。頼まなくてよかったわ。

 厨房にいるのはインド人(?)スタッフのようでした。ビールがドライでも、店が狭くても、カレーが美味しければそれでいいやと思ったんですが、うーん、ここのカレー、ちっとも辛くないのね。味は好き好きあると思うし、決してまずいわけじゃないんだけど、なんていうかその、かなり本格インド料理を期待していたものだから、これから亀有に移動してカレーでも食べようかなって気になりました。メニューを見たら辛くないお子様カレーというのもあるんですけど、こんな辛くないものの、さらに辛くないものっていうのは、どのくらい甘いのか、かえって気になります。大人が頼んだらまずいでしょうか(笑) っていうか、ここに子連れで来てほしいの? うーん、店が狭いし、子供がぐずり始めると居づらくならないのかな。

ファイル 317-4.jpg
▲豆カレーセット、750円だったかな。サラダとマンゴーラッシーがついてる。サフランライスはナンにも変更できる。おともだちがナンを頼んでたけど、でっかいのがでーんと出てきた。トレイをまともに置こうとすると壁にあたりそうだった。特別高くはないけど安くもない。ぜんぜん辛くない。セットじゃなくカレー単品だったら600円くらいらしいです。

 うーん、うーん、うーん……

注意:うちは決してグルメレビューサイトではないので、記事でマズいだのビミョーだの書いているのはあくまでわたしの好みの問題です。同じものを美味しいと言う人はきっといるでしょうし、それはそれでいいんじゃないでしょうか。他人の味覚なんてわたしゃしりませ~ん。

亀有駅前の扇屋

 金町ではずしたので、よせばいいのに亀有に移動しました。もうお腹いっぱいで食事はムリだけど、軽く飲みたいなと思いました。ところが日曜なのでぱっとした店が開いていないのですよ。仕方なく北口ガード下の扇屋っていう焼鳥屋に入りました。水元にも同じ系列の店があるけど入ったことはありません(昔は「いっぽん」という店名だった)。

 入ってみたら焼き鶏系のフツーの居酒屋でした。座って軽く飲めればいいのでそこらへんは不問で。ただ、この店もビールはスーパードライなのよね。もー、ドライ以外のビールはどこへ消えたのー!! やけを起こしてトマトリキュールのホッピー割りなんていう色物を頼んでみました。つまみは、もう食事しちゃったので、焼き鶏を四種類、それぞれ一本ずつ頼みました。バイトの店員さんが軽く不満げにそれでいいのかって顔をするんだけれど、足りなかったらあとから注文するので別にいいし、あとからじゃ作れないって言われたら店を出るからもういいんです~。

 お酒を飲みながら(味はフツー。トマトリキュールは甘くて青臭い香りがするけど、ホッピーで割っちゃうとよくわかんない)、待っていたら、なぜか同じ種類のものが二本ずつお皿にのって出てきました。串の本数はあっているので、一瞬何も考えずに手をつけそうになったんですが、
「あれ、これってどれがどれなの?」
と、目を近づけて見るけれど、頼んだものと違うみたい。たしか、レバ、セセリ、皮、普通の焼き鶏を頼んだはずなんだけど、少なくともレバはのってない。他のものとも一致しないような感じ。うーん??

 しょーがないのでバイトの兄さんをつかまえて「これは一体何が来ているの?」と聞いたら、やっぱり頼んだものと違ってる。伝票を確認したら、なんかよそのテーブルの伝票が一緒にはさまってるしー。

 注文を確認しなおして、さっき運ばれてきたものは厨房へ引っ込んだけれど、まもなく同じものが隣のテーブルに運ばれてきてた。うーん、まあ、ほら、同時進行で焼いてたのを持ってきたのかもしれないし、わたしが嘗めたかもしれない(してないけど)ものを出したとは限らないけどねー。

 今度こそ正しく頼んだものが出てきたので、気をとりなおしてお酒のんでいたら、忘れた頃にセセリがもう一本でてきてビックリ。「え、もう来てるよ」って言おうとしたけど、店員さんが速攻で言消えるから言う暇もないし。もうこうなると食べちゃったところでこっちの手違いじゃないだろうと思ったので食いました。得したっていうよりビミョーな店に入っちゃったなという感じ。

 金町ではずしたのを締めるために来たのに、亀有でもはずしてしまいました。うーん、うーん、うーん……

タグ:変な写真 地元(葛飾周辺)

凍えそうだー

 5月も半ばだっていうのに寒くて凍えそうです。台所では電気ストーブをたいているほど。あんまり寒いので日記に記さねばという気になりました。ずばり寒いです。どうなってるんでしょう。

 中国で大地震があったんですって? 被災者が苦しんでいるのにお祭り騒ぎはできない、そんなお金があるなら被災地を救えって中国の掲示板で大騒ぎになってるらしいですね。でも、今までお金をかけて準備したものを中止したら、すでにかかった費用が無駄になるような気がする。

 それにしても中国は波乱続き。これまでのオリンピックで開催直前に大災害に見舞われた国なんかあるのかな。国家をあげて開催する行事の前に大地震なんて、これが古代なら100年後くらいの歴史書に国のやりかたに天が怒ったとか書かれそう。

 地震っていえば、前にも書いたかもしれないんだけれど、もう10年以上前にモンゴルでけっこう大きな地震があった時、たまたまモンゴルから来た人と話すチャンスがあったので「地震は大丈夫でしたか」と聞いたら、「モンゴルには建物がほとんどないのでなんともありませんでした」って言ってたっけ。そりゃ都会にはそれなりに建物はあるんだろうけど郊外へ出てしまえば草原ばかりなので、どんな大地震がきても被害の出ようもないそうで、地震の被害は人災なんだと思った。地震で困るのは、もしかしたら人間だけ?

 はあ、お腹空いた。

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ひろこ (05/14 09:23) 編集・削除

こっちも三日ばかり寒くてストーブ点けたよ。
今日はかなりマシだけどまだ長袖Tシャツ1枚だとちょっと寒い。

中国の波乱続きは情報開示が進んだ証し、と言う気がしないでもない。

珍獣ららむ~ (05/14 10:24) 編集・削除

それはあるね。
昔より報道が自由になっているのかも。
中国内でも食品の品質を問題視する声が高まってるのなんか
昔と違って隠さなくなってるせいだろうし。

中国人民軍はUFOの目撃記録とか隠し持ってないんですかね。
そういうのも開示しちゃってほしい気がします。
CIAが情報を開示したときみたいなUFOブームが
また来ると面白いのにー。

珍獣ららむ~ (05/14 11:19) 編集・削除

 今テレビで1964年の東京オリンピックの時に新潟地震があったと言ってた。国家をあげた祭典の前に日本にも天の怒りが(笑)

 家が壊れたり断層がずれたりしたものすごい写真を沢山見ているので、大惨事だったんじゃないかと思って調べたら、死者は26人……亡くなった方はお気の毒だけど、意外とそうでもなかったのね。ちょっとびっくりよ。

ひろこ (05/14 15:14) 編集・削除

新潟地震は県営住宅が倒れてる画像が印象的だった。

暖房の要らない時期の昼間だったから被害が少なかったのかな、神戸みたいな大火災がなかったからね。
それと昔からの住宅が雪対策でしっかりしてたと言うのも有るみたい。
やはり震災被害は人災かもね。

中国のUFO目撃情報、
とんでも系の本家というか元祖というか、
そんな物不思議でも何でもない、とか言いそうじゃない?

そうだ、平凡社ライブラリーの閲微草堂筆記 見た?
まだ上が出ただけだし文庫にはならないだろうなぁ。

珍獣ららむ~ (05/15 08:26) 編集・削除

 ボッキリ折れた鉄筋のアパートかなんかの前で子供がブランコに乗ってる写真がすっごく印象的だったよ。>新潟地震

 中国は、不思議でもなんでもないものをご大層に不思議にしたてあげるのが上手な国だと思うのよ。今でも謎生物の目撃情報がたまにあるんだけど、蓋を開けてみたら普通の生き物でしたって例がけっこうあるのよ。こないだどこぞで発見された口はブタ、目はウサギ、体はキツネの白い生き物なんか、写真で見るとあきらかにジャコウネコ科の何か(おそらくはハクビシン)のアルビノだし。でも、不思議とUFO関係のネタはあまり聞かないような気がするのよね。

 「閲微草堂筆記」は、まだ見てない。ちょっと面白そうだよね。調べたら中国古典文学大系に入ってるみたいなので(たぶんそれを単行本化したやつだよね。平凡社だし)、次に忘れなかったら借りてくるよ。

ひろこ (05/15 10:40) 編集・削除

建前上、白髪三千丈の文化を否定する政権だった関係で、
謎生物止まりになってるんじゃないかな。
国土のほとんどがエリア51みたいだったし。

これから色々出てくると楽しそうだねぇ。

珍獣ららむ〜 (05/15 10:59) 編集・削除

 なるほど。その手の話は人心を惑わせる妄言として禁じられてる可能性があるのかー! 国土のほとんどがエリア51とか笑っていいんだかいけないんだかわかんないくらい大当たりだよねえ。今だって人的支援を申し出ている海外の団体をかたっぱしからお断りしてるらしいし。入り込まれては困る場所がいっぱいあるのかも(笑)

 超常現象とは違うけど、四川の大地震の前に異常な数のカエルが現れるなどの現象が各地で報告されてるらしいんだけど、中国で地震の予知を研究してる機関が「それは普通の自然現象で地震とは無関係」って事前に発表してたみたいなことをニュースでやってたわ(うろおぼえ)。

 中国では地震予知を何十年も前から研究していて、日本ではまったく手つかずの時代に「生き物の動きを観察することで余地できないか」とか言ってたはずなんだけどね。

Goudeau (05/15 21:58) 編集・削除

かの国家自体が白髪三千丈的な大ボラなので、国家といふホラにとつて有益なホラはオーケーだけど、それと抵触するホラは禁じられるんぢやないでせうかネ。

地震雲なんてことをいひだしたのも、あつちのヒトだつた気がするなあ。

珍獣ららむ~ (05/16 10:35) 編集・削除

 えーっ、そうなんですか? 地震雲による予知が中国発祥かもしれないとは!! 今では「日本でも昔から言われてた」みたいに思われてそうなんですが、いつごろから言われ始めたんでしょうね??

珍獣ららむ~ (05/16 10:55) 編集・削除

 地震雲についていつごろから言われ始めたことなのか、ろくな回答は集まらない予感がするけど、もしかして、ということもあるので人力検索に出してみました。
http://q.hatena.ne.jp/1210902840

Goudeau (05/16 12:46) 編集・削除

タイトルを思ひ出せないので「日本の古本屋」で検索したのですが、

『これが地震雲だ 雲はウソをつかない 付・日中地震雲学術交流会の記録』奈良市長 鍵田忠三郎、中日新聞本社(1980)

この本、私も昔持つてました。「付」にあるとほり、著者はわざわざ中共へ出掛けて学術交流してきたらしいです。

もちろん『史記』「天官書」にあるやうな迷信めいた観天望気とか、万葉集にあるトヨハタグモが地震雲だとかいひだしたら、どこが始めだかわかりませんが。

珍獣ららむ~ (05/16 13:04) 編集・削除

 おお、すごい。なるほど、日本で地震雲について盛んにわれるのは、やはりその本なんでしょうね。人力検索でもその本をあげている人がいました。回答者がこの人の研究だと言い切ってそれしか説明してくんなかったのでいくらか冷たい反応をしてますが、たぶん日本で地震雲を広めたのは鎌田氏で正解なのでしょう。しかも鎌田氏は中国仕込みかもしれないのですね、ふむふむ。

 鎌田氏の本は……おっ、足立区の図書館にある。行ける範囲になかったらあきらめようと思っていたのに行かねばならなくなりました(笑)

 もっと世界的な視野で言うと古代インドの占星術ですでに地震雲について論じていると言ってる人もいるので、そっち関係の本も借りてきます。


# 鎌田氏じゃなくて、鍵田氏ね。本を借りてきて活字を見てやっと気づいたわ(笑)

Goudeau (05/17 00:23) 編集・削除

ttp://www.dizhen.ac.cn/uw/uw_disp.exe/dizhen/home3_disp.html?key=@17343%7C17%7C1

支那サイトで地震雲を検索すると、1559年シチリー島生まれのイエズス会士ニコロ・ロンゴバルディ(龍華民)の名がよく出てきます。なんでも、有名なマテオ・リッチ(利瑪竇)のあとを継いで支那布教長となり、1623年に京城(北京)滞在中に大きな地震があつた際、吏部尚書(人事を司る大臣)の李崧毓に請はれて西洋の地震に関する本を翻訳編纂して『地震解』(1626)一書を編んだといひます。そのなかに六つの前兆現象についての記述があります。

《凡井水無有一切他故而忽渾,并發惡臭者,震兆也。凡井水滾上,震兆也。凡海水無風而漲,震兆也。凡空中,時不當清瑩而清瑩,震兆也。凡晝中或日落後,天際清朗而有雲細如一綫、甚長,震兆也。凡夏月忽有异常之寒,震兆也。》

最後から二番目の《凡晝中或日落後,天際清朗而有雲細如一綫、甚長,震兆也。》が地震雲のやうです。

それから鍵田氏の本にもある『重修隆德縣志』(1935年)の原文は

《天晴日暖,碧空清淨,忽見黑雲如縷,婉如長蛇,橫臥天際,久而不散,勢必爲地震》

どうやらこれは上のロンゴバルディの書の影響を受けてゐるやうにもみえます。ロンゴバルディが翻訳したネタ本は不明ですが、このかたちの地震雲(鍵田氏説ともよく似てゐます)の起源は西洋の書物、といふことになりませうか。

珍獣ららむ〜 (05/17 07:09) 編集・削除

 鍵田氏が言ってる中国の資料ってそんな新しいやつなんですかね。『これが地震雲だ』の中では『一六六三年徳降縣誌』という意味不明なタイトルになっていて、三百年以上前のものだと書いてあるんですよー。ちなみにそれは中国との学術交流でもらったみたいなんですが。

 いちおう、著書を読む限りだと、鍵田氏が地震雲に気づいたのは国内外の言い伝えとはあまり関係なく、自然に興味があってよく空を見ていたら気づいたっていうことになっているみたいです(中国の観天望気の発想はお父さんやお爺さんから仕込まれていたみたいですけど)。福井地震を予知するようになったのは

>>
…三十年前(著書が出たのは昭和五十五年)からで、実ははっきりしません。現在、記憶に残っているのは、敗戦後間もない昭和二十三年の福井市の大地震です。たまたま病気で寝ていて、個人的に親しかった野村万作奈良県知事夫妻が見舞いにきてくださった。その時に異常な縄状の雲が出ていた。
(中略)
 どうして地震を直感したのか、と問われると、今は忘れてしまったが、子供のころから自然に対して興味をもっていしたし、地震など天災地変は必ず前兆現象があり、それで予知できるのだとの考えをもっていたことはたしかだ。
<<

と、説明してます。後に中国の「晴天日暖…」というのを中国の研究者からもらって「三百年以上前の地震雲の同士を中国にみつけて、実に愉快だった」と言っているので、雲で予知すること自体はわりと独自に思いついたことだったみたいです。

 ロンゴバルディの地震解もおもしろいですねー。

Goudeau (05/17 09:51) 編集・削除

『重修隆德縣志』の1935年といふ刊行年は、重修つまり改訂版の出た年限であつて、おほもとの本は、おつしやるとほり1663年なのかもしれませんネ。その場合、ロンゴバルディの『地震解』刊行から三十数年で、影響の可能性もより大きくなりますしネ。

又支那サイトでも、鍵田氏の名は「地震雲」呼称の命名者として認知されてゐるやうですネ。

ttp://www.chinareviewagency.net/doc/1006/4/3/5/100643512.html?coluid=45&kindid=0&docid=100643512&mdate=0513110622
(第二段落に「日本前福岡市市長鍵田忠三郎」の名がみえる)

Goudeau (05/18 12:28) 編集・削除

↑前福岡市市長は、前奈良市市長のまちがひですかネ??

ついでに「閲微草堂筆記」簡體字版
ttp://www.wenhuacn.com/wenxue/gudian_sanwen/08qing/weiyuecaotang/

珍獣ららむ~ (05/19 17:04) 編集・削除

 ロンゴバルディの『地震解』に出てくる地震雲の元ネタは、プリニウスの博物誌の正確な直訳ですね。別の記事をたてて抜き書きしてみましょうか。