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太陽の子と氷の魔女

 小学三年のとき、学級文庫にこの本があった。『太陽の子と氷の魔女』ジャンナ・A・ウィテンゾンというソ連の作家の本だ。

 当時の担任の先生は、自分がインテリであることを軽く鼻にかけた女先生で、実際のところ日本画を習ったりして田舎の人としてはインテリジェンスの高い方だったとは思うけれど、あまり感じのいい人ではなかった。わたしは学校の先生とそれなりに仲良くやってた方で、担任の先生と馬が合わなかったというのは後にも先にもこのときだけ。そのヤな感じの先生がこの本をいたく気に入っているようで、何かにつけて良い本だから読むようにと言ってたのを思い出す。

 わたしは必要があれば小難しい本でも読むのに、なければがんばって読もうとまでは思わない半端な読書家なので、学級文庫もそれほど必死で読みあさったりはしていなかった。あえてこの本を読もうと思ったのは、やっぱり先生にすすめられたからだと思うのだが、感動を求めて手にしたんだったか、点数稼ぎに良い子ぶろうとしたのかは、ちょっと思い出せない。

 記憶の中のこの本は、カバーがなくなっており、背表紙が赤く、表紙はくすんだ藍色で、白か金色の文字で「太陽の子と氷の魔女」とタイトルと作者名だけが書かれていた。絵本ではなく、挿絵はあったと思うけれど、色はついていなかった。普通の本のように長方形ではなく、真四角に近い形をしていた。

 ちょうど夏休み前で、読書感想文の宿題の話をしていた頃だったと思う。わたしが読み終えた本を学級文庫に返そうとしたら、先生が「その本で読書感想文を書きなさい」と言うので素直に書いた。

 ここで感想文がコンクールに入選して先生と感動の和解と話が続けば面白いのかもしれないけれど、世の中そんなに甘くない。わたしは感想文の書き方をよく知らない上に、大した感動を覚えなかったので原稿用紙三枚をあらすじで埋めて提出した。

 いや、感動しなかったというのは正しくない。たぶん感動したんだと思う。ただ、しかたが普通じゃなかったかもしれない。ロシアのツンドラ地帯に住む少数民族の兄と妹が、氷の魔女にさらわれた母親をさがしてつらい旅に出る物語なんだけれど、ストーリーそのものよりも、アザラシの毛皮で作ったヤランガというテントや、毛皮に美しい刺繍をして作った着物や長靴の話に魅了され、そのことを記憶にとどめておきたかったような気がする。そんなだから、正直なところストーリーはまるで覚えていない。

 先日急にこの本のことを思い出して探してみたら、ちゃんとあるのですね。手にとってみると、背表紙が赤いのは記憶の通り。表紙が真四角に近い形をしているのも覚えていた通りだったけれど、挿絵がカラーなのに驚いた。こんなきれいな色の絵がついていたかな。表紙カバーにも絵が描いてある。カバーの下は……おや、表紙はカバーと同じ絵だ。記憶がいい加減なのか、それとも装丁が変わったのか。

 こうなってくると、昔読んだのが本当にこの本だったかわからなくなってきた。なんせストーリーをまるで覚えていないから、何か別の本とごっちゃになっているのかもしれないし。そう思ってページをめくっていると、頭のとがった宇宙服のようなものを着た戦士たちが、手に手に剣を持って闇の精霊のようなものを追い払っている挿絵が目に飛び込んできた。ああっ、これは覚えてる。この絵だけははっきり覚えてる。あいかわらず色がついていたかどうかは思い出せないけれど、山よりもはるかに高く、空いっぱいに広がる戦士たちはオーロラの精霊なのだ。その胸に不思議な文様が刻まれているのまで記憶の通りだ。

 お話は今読んでみるととても面白く、当時なぜこれがつまらなかったのかよくわからない。いや、たぶんつまらなくはなかったんだろうな。他のことに気をとられていたんだと思う。毛皮の長靴おとか、アザラシのテントとか。思えばわたしの部族好きはこのへんから始まっていそうな気がする。

 当時は解説まで読まなかったので知らなかったけれど、作者はソユーズアニメーション・フィルム製作所という、ソ連のアニメ会社……いや、ソ連のことだから国の施設かもしれないんだけれど、そういうところに所属する女流作家で、この本をアニメの原作として書いて、実際にアニメ化されているらしい。翻訳者によると、そのアニメのタイトルは「ヤランガに火はもえて」であるとのこと。1956年にはモスクワでなんらかの賞の金メダルをもらい、翌年の1957年にはヴェネツィア映画祭動画の部でグランプリを獲得したという。それが本という形で出版されたのはずいぶんあとで、ソユーズ・アニメ製作所所属のL.アリストフとE.ニコラエフの両画家共同制作したものが1963年に出版され、あっという間に売り切れる人気だったという。

『太陽の子と氷の魔女』
版元品切れらしく、boople も amazon も注文不可
作者 ジェンナ.A.ウィテンゾン
挿絵 E.ニコラエフ/L.アリストフ
翻訳 田中かな子
出版社 大日本図書
初版 1969年2月10日

*ウィテンゾンの他の作品(どれもたぶんアニメ)
1962年「勇ましい子ジカの物語」エジンブルグ映画祭で受賞
1965年「金の穂」アヌシ映画祭で第一位
1967年「二本指の手ぶくろ」アヌシ映画祭で第一位
          モスクワ第五回国際映画祭で銀メダル
1968年 同作品がレニングラードの優秀映画作第一位
1968年「水たまり」「ワシの子」などを発表

*気になる単語
勇敢なヤットとその妹テユーネの物語(原題)
Сказка о храбром Ятто и его сестре Тэюнэ

ジャンナ・アレクサンドロブナ・ウィテンゾン(作者)
Жанна Александробна Витензон
 前付けに作者名と原題、その他もろもろがキリール文字で書いてあるんだけれど、作者名にロシア語にない文字が含まれていて書けない。その文字を書くと同じ発音のロシア語の文字が表示されてしまう。たぶん文字コードがあたっててフォントを指定しないと表示できんらしい……ユニコードって意外とショボイよね。

ヤランガ:Яранга
 ヤクート族のテント。ここによると溝(穴?)を掘って柱をたてたところをセイウチとシカの毛皮で覆た円錐形のテントで、移動できる。

トルバサ:торбаса
 ヤクート族の毛皮の長靴。この単語でググると運がよければ写真も見られる。ここの一番下の写真とか。この写真のキャプションがそもそもコピペできない。コピペするとこうなるんだけど、
>>
Торбаса. Коряки 1980-е года. Камчатская область
Олений мех, вышивка, бисер
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実際にはこう見えてる
ファイル 199-1.gif
ロシア語にない文字というか、тにあたる文字がmに似た文字に置き換わっているなど、キリール文字を筆記体で書くと実際そのようになるからイタリックで書いてあるだけなのかも(本に書いてあった作者名も同じ部分が同じ書体に置き換わってる)。でも、普通に<i>タグで囲ってもダメっぽいのね。
область
↑ぜんぜん斜体にならんっ。たぶん日本語のフォントにキリール文字の斜体が含まれていないんだろうね。斜体どころか全角で表示されてしまうし(笑)

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