正統カステラ系伝説
カステラ(投稿者:珍獣ららむ〜)

 時は元禄…かどうかはわからないが、今よりずっと昔、日本男児がちょんまげを結っていた時代のこと。海をこえてやってきた南蛮の商人が、ある藩の殿様に自国のお菓子を献上した。
 日本にはない甘くてふわっとしたお菓子に深く感銘をうけた殿様は、菓子ののっていた皿を指さして、こうおたずねになった。
「すばらしい…これはなんというものじゃ?」

 殿様が指さした皿には、西洋の城が描かれていた。南蛮の商人は、てっきり皿の絵についてたずねられたと思いこみ「それはカステイラ(城)というものです」と答えた。

  こして、その菓子は「カステラ」と呼ばれるようになった。

城ですが、何か?
【用語解説】
元禄時代
 長崎の、とあるカステラメーカーは 1681年創業とのことである。つまり、カステラの起源は1681年以前にさかのぼれるということだ。元禄という年号は1688年から1704年なので、この伝説は「元禄のお話」ではありえない。もっと昔のできごとだと思われる。

南蛮人
 南蛮人とはスペインやポルトガルなどカソリックを信仰していた国の呼び名であるらしい。オランダやイギリスなど、プロテスタントの国は紅毛人と呼ばれていた。1624年、徳川幕府はスペイン船の来航を禁じている。この伝説が江戸時代のものであるとすれば、殿様に菓子を献上したのはポルトガル人であろう。さらに 1639年にはポルトガル船の来航も禁じられた。カステラを献上したのがポルトガル人だとすれば、1639年以前のお話だということになる。
 ロジックに大きな穴があるような気がするが、細かいことを気にしちゃダメなのだ。カステラの真実を知りたい人は、うちじゃなく 福砂屋さんのページ に行くことをおすすめする。


【その他の説】

発祥地の名前説
 ポルトガル人が長崎奉行に洋菓子を献上したとき、奉行に菓子の名をとわれ「それはスペインのカスティーリャ地方のお菓子です」と答えたことから、カステラという名前になった。

かけ声説
 カステラ作りにかかせないメレンゲは、卵白を泡立てて作るが、このとき
「Bater as claras em castelo!(お城のように高くなれ!)」
というかけ声をかけることから、カステーロ(castelo)→カステラとなった。

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