和名 | テングチョウ |
別名 | |
中国名 | 長鬚蝶 朴喙蝶 天狗蝶 |
科名 | テングチョウ科 |
学名 | Libythea celtis |
出現期 | 年 1 回発生
成虫で冬を越し、3〜4 月に産卵 幼虫は 5〜6 月に羽化して成虫に |
食草 | エノキ エゾエノキなどニレ科樹木の葉 |
採集地 | 東京都江戸川区 |
葛西臨海公園はいろんな顔を持っている。公園の西のほうには日本最大級(あくまで最大級であって、最大ではない)の大観覧車がある。南へ行けば海だ。人工の渚があって海の生物に出会える。海の手前には水族館もある。葛西臨海水族園といえば、マグロが回遊する大水槽で有名だ。
観光客はたいてい水族館と観覧車で満足してしまう。ちょっとがんばって人工の渚で水遊びする人もいるかもしれないけど、まあそのへんで終わり。でも、あなたが虫好きだったら、公園の東のほうにも立ちよってほしい。 東のほうには野鳥のサンクチュアリがある。そのまわりをぐるりとひとまわり、人が通れる小道がある。ここがいい感じの虫スポットになっているのだ。 生い茂る草木がトンネルのようになった小道を歩いていたら、道の真ん中に褐色で目立たない蝶が止まっていた。 昆虫好きにもいろいろあって、蝶ばっかり追いかけているとか、甲虫(しかもカブトムシやクワガタ)ばかり採集している人がいると思う。珍獣様の場合、興味の対象が芋虫にかたよっていて、オトナになってしまった蝶のほうはどうでもいいと思うことがある。蝶は芋虫とちがってなでくりまわして遊べないし、標本作りに興味がないのも原因かもしれない。 その時も汚い色の地味な蝶を見て、おおかたヒカゲチョウか何かだろうとたかをくくって通り過ぎようとして、ふと思いなおした。せっかくカメラを持っているのだから、興味がないものでも写してみるべきじゃないだろうか? そうして初めて、この地味な蝶をまじまじと観察した。
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ヒカゲチョウ(ジャノメチョウ科)じゃなかった。翅の形が変だし、ジャノメチョウ科特有の丸い模様がないし。
それに、この鼻の高さはなんだ? 図鑑では見たことがあるような気がする。ええと、タテハチョウ? いや違うぞ、そういうんじゃない気がする。 ええと、なんだっけな… そうだ、テングチョウというのがこんなんじゃなかったかしら。 蝶好きの方から見れば、ヒカゲやタテハとテングチョウを見間違うなんてと鼻先でせせら笑われそうだが、興味のないものに対する認識なんてその程度のものだ。 どうせ写すなら、なるべく近付いて鮮明な画像をと思うのだが、あと 2 メートルというところまで来るとツーっと飛び立ってしまう。そのままどこかへ飛んでゆくかと思えば、また道の真ん中におりてくる。一体何をしているのだろう? もう近付くのはあきらめて、数メートル離れたところから望遠で狙いをつける。蝶は見られているのがわかるのか、もう一枚、と思うところで飛び立ってしまう。そんなことを何度か繰り返しながらシャッターを切った。 そこへ自転車が近付いてきた。こんな奥まったところには観光目当ての人は来ないけれど、地元の人が自転車でガンガン通り抜けてゆく。公園の外の道のほうが走りやすいのに一体どこに行くんだろう。 自転車に驚いたテングチョウは、ぱっと飛び立ってどこかへ行ってしまった。自転車に乗った人は地べたにカメラを向ける謎の女にけげんそうな顔をしながら通り過ぎて行った。あんたが今おっぱらった虫をとっていたんだがなーと心の中でひとりごちながら後ろ姿を見送った。テングチョウは地味な虫だから、爆走中の自転車からは見えていないかもしれない。 漫画家の手塚治虫は、中学生のころに全面手書きの昆虫記を書いている。『昆蟲つれづれ草』というタイトルで小学館から出ているので興味がある方は図書館で探してみてほしい。 その本の中にテングチョウについての短い文章がある。 「テングチョウは、蝶類中の飛翔の選手であります。モンキアゲハやオナガアゲハの優美な飛翔とは違って、実に快活な、細やかな、直線的な飛び方をするのです。…中略…テングチョウはアカタテハ同様すぐ地面に留まるもので、これが山地に翅を畳んで留まっている時は、裏面の保護色によってさっぱり見当がつきませんが、近よるに従って時々体をビクッビクッと動かしますから、そこをねらって伏せたらよろしい。しかしこのビクリは、蝶が警戒を始めた証拠ですから、何回も続けてやらせていると遂には飛び立ってしまいます。又、道路ですと、牛や馬車が来たり、人や犬が歩いてきたりして、せっかくの獲物を逃す怖れがありますから、あらかじめ何者が通過するかどうかを見極めておいて、適宜に処置をすればよろしい」まさにその通りで、地面に留まっては飛び、飛んではまた降りるのくりかえし。そして、馬車ならぬ自転車だったけれど、通行人におっぱらわれるところまでお見通し。中坊とは思えぬ観察力と文才に脱帽せざるをえないのだった。 |
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