太刀魚は細長くて、体が金属のように光って刀のようなので太刀魚という字をあてるのですが、立って泳ぐ性質もあって話がややこしいです。
この魚が立って泳ぐことを昔の人が知っていたかどうか、それが問題です。タチウオという名前は江戸時代にはすでに使われていました。『和漢三才図会』という江戸時代の図鑑のような本に「たちいお」という名前で出てきます。
[魚齊]たちいお 俗に太刀魚という東洋文庫版の『和漢三才図会』から引用しました。[魚齊]は一文字だと思ってください。
八、九月に鰯と同時に盛んに出る。泉州・播州に特に多い。大きなもので三、四尺、小さなもので一、二尺。海鰻(はも)に似ていて薄扁く(ひらたく)、青色の上に白を帯びていて雲母(きらら)を塗ったようである。これは脂である。鱗はない。それを細鱗ありといっているのは間違いである。芽は円く大きく、吻(くちばし)・腮(えら)および臍下に硬鬣のあることは、みな『本草綱目』の説のとおりである。白脂を刮去り(こそげさり)熬る(いる)もよく、炙ってもよい。肉は白く脆く味は美い(よい)。小骨は箆櫛(とうぐし)のように背骨に並んでくっついている。
『和漢三才図会』の筆者は、まず中国の『本草綱目』から、たちいお(タチウオ)とおぼしき部分を引用してから、ここはあってるけどこっちは間違いだ、と註釈をつけていて、上に引用したのは、その註釈の部分です。下のような絵もついています。
現在タチウオと呼ばれている魚で間違いないと思うんですがいかがでしょう。
『和漢三才図会』に「たちいお(たちうお)」という名前で出てくるということは、昔からこの魚は「たちうお」だったんです。
タチウオを意味する漢字表記がいくつか記録されていますが、和名の語源にあたりそうなものは「太刀魚」だけで「立ち魚」はありません。
太刀魚が立って泳ぐかどうかは、海に潜ってみなければわからないし、昔の人は泳ぎ方ではなく、体が長く光っているのを刀に見立てて、太刀魚と読んだんじゃないでしょうか。
ただ、先日、NHKのなんとかいう番組で、面白い話をしていました。うろおぼえですが、漁師さんに「タチウオが海の中でどんな様子だと思いますか?」と質問して絵を書いてもらうのです。
すると、みなさん同じように、タチウオが真っすぐ立ち泳ぎをした状態で、所狭しとびっしり並んで泳いでる絵を書きました。番組ではそれを、千本太刀魚とか呼んでいたと思います。漁師さんたちは、とれるときは大量にとれるので、ビッシリ固まって立ってるだろうと言ってました。
現代の漁師さんなので、太刀魚が立ち泳ぎをすることを、図鑑や水族館など、色々な方法で知ることができるので、想像だけで千本太刀魚を思い描いたわけではないとは思います。でも、ひょっとすると、水面近くで立ち泳ぎ状態になっている太刀魚の群れを見るチャンスがあるのかもしれないし、立ち魚説も、捨て切れないなあと思いました。
番組では潮流の静かな瞬間を狙って千本太刀魚の撮影にも成功していました。水族館のような潮流のないところでも、太刀魚はクネクネ泳ぎ回ってしまうことがあるし、自然界の千本太刀魚はあんがい貴重な影像かもしれません。 カテゴリー: