珍獣の館TOP博物誌・目次直前に見たページ
和名 スケバハゴロモ(透羽羽衣)
別名  
中国名  
科名 ハゴロモ科
学名 Euricania fascialis
出現期  
食草  
採集地 東京都江戸川区


 
 ベッコウハゴロモが天女の爪だなんて、うまいことを言ったものだと思う。でもぼくはハゴロモについて別の話を聞いた。

 むかし、海の向こうから、ガガイモの舟にのって小さな神さまがやってきた。彼はこの国の王様と兄弟のようになかよしになり、人々にカイコの飼い方や、病気のなおしかたをおしえてくれた。

 彼はずいぶん長いことこの国で暮らしていたけれど、いつしかふるさとの国が恋しくなって、夜空を見ながら泣いていた。彼の声は小さくて、まるで小鈴をふるわせるようだった。

「弟の君よ、それほど帰りたいのなら、わたしが立派な船を用意しよう」

 王様がそう言うと、小さな神さまは悲しそうに首をふり、こういった。

「兄の君よ、ぼくの国は小さくて、兄君のような大きな人たちの船では近づけない。それに、潮の流れがむずかしいから、来たときのようにガガイモの舟でも帰れないんだよ。
 でも、たったひとつ方法がある。もし、小さくて軽い翅(はね)を作ることができたら、飛んでいけるかもしれない」

 小さな神さまは翅の作り方を王様に話した。ある種の石を集めて高温で熱し、溶け出したものを薄い板に作るのだ。玻璃というものの作り方に似ていたが、もっと薄く、軽いものでなければいけないのだった。

 王様は、国中におふれをだして、翅を作る材料を見つけ出した。石がみつかるまでに一年かかった。それから、試行錯誤をくりかえして、石から透明な薄い板を作り出すのに三年かかった。

 そうしてやっとできあがった翅は、丸みのある三角形で、風のように軽くて丈夫だった。小さな神さまが背中につけると、まるでうまれた時から身につけていたように、びったりとくっついた。

 小さな神さまは、粟(あわ)の穂に絹糸をかけてひっぱった。穂が弓のようにしなったところで、絹糸を杭にむすんで地面に打ち付けた。それから穂によじのぼると、
「ああ、やっとふるさとに帰れる」
と、言った。王様は、少し悲しそうな顔をして、
「弟の君よ、できればずっと、この国にいてほしい。だが、どうしても帰るというのなら、またいつかもどってきて、元気な顔を見せてはくれないか」
と、言いました。

 小さな神さまは何もいわず、ただにっこり笑うと、カミキリムシの歯を磨いて作った三日月型の小刀で、絹糸をぷちんと切り離した。

 粟の穂は勢いよく立ち上がり、小さな神さまは翅をひろげ、どこか遠くへ飛んでいってしまった。

 王様は小さな神さまが帰ってくるのを、いつまでも待ち続けていた。やがて月日は流れ、王様も年老いて、残り少ない日々について考えるようになった。そうなると、かえって思い出されるのは昔のことばかりだった。

 ある日、小さな神さまのことを思いだしながら海辺の道を歩いていると、草の上に見なれない虫がいるのに気がついた。それは、指先ほどの小さな虫で、透明で、丸みのある三角の翅をもっていた。

 王様は、両手でいとおしそうに虫をつかまえると、お付きの者たちが見ている前で声をあげて泣いた。それから何日もたたないうちに、王様は眠るように息を引き取った。

 その虫は、今でいうスケバハゴロモのことだ。透きとおった翅をもつ、小さな虫である。

----珍獣舎『虫物語』より


スケバハゴロモ
2003年8月10日撮影


目次へ
目次へ