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日本無二養蠶秘密
蠶はき立傳授の書
南向堂先生撰
神蠶の由来を尋るに[頂][は]
人王廿二代雄畧天皇の御后唐土より常陸の国
着舟の官女に習えたり自養蠶したもふ也
夫より普くふゑん事潮の満るにひとし然と云とも
其手たで疎にしていかてか[得利]をえんや第一蚕は
家内安全にしてしづめはく事秘傳也常躰
五常の道を専[貴]道一ツかくる時はあやうかるへし
然れはむつましくして他の[戻]りに至るとも御油断
すべからす何事も[個度残]す時は事ととのへ家も
整ふなり
虫守て養蠶する時は更に違ふといふ事
なし疑ふへからす神の徳也 [穴][質]
(挿し絵)絹笠大明神
目録
一 上ゝの種吉凶を知る事 二丁
一 種目方 并あたへ桑多少の事 三丁
一 中種かえ方の事 同丁
一 上種かえ方の事 同丁
一 極上ゝ種かえ方の事 四丁
一 下種かえ方の事 同丁
一 蚕はき立の事 同丁
一 蚕はき立次第の事 五丁
一 蚕はき立二度休の事 六丁
一 同二度休より吉凶を知る事 同丁
一 蚕六七分の当りにて吉凶を知る事 七丁
一 蚕ちゞれ次第の事 同丁
一 蚕死ぐもりの事 同丁
一 同四度の休の事 八丁
一 庭休より吉凶を知る事 同丁
一 四度の休より上ゝ蚕桑付の事 同丁
一 蚕七八分あたりの事 九丁
一 蚕十分あたりの事 同丁
一 蚕間どり置場傳授の事 十丁
一 居宅方角の図の事 同丁
一 傳授ゆるしの事 十一丁
一 種かえ取かこへやうの事 同丁
一 蚕はき立時候の事 十二丁
一 種はきおろしの事 同丁
一 弐番休の事 十三丁
一 桑くれやう 并桑付かごわりの事 同丁
一 休に桑とめの事 同丁
一 蚕をき中桑入れる事 同丁
一 蚕八九分通りをきこしりを取事 十四丁
一 桑昼夜くれ方 并二ツ休かごわり
桑とめ桑付の事 同丁
一 桑付 并舟休かごわりの事 同丁
一 舟休庭やすみかごわりの事 十五丁
一 庭休桑付次第の事 十六丁
一 庭をきより桑くれやう 并あがりかごはりの事 十七丁
養蠶重寶記(蠶は神かんむりに虫)
一 世にいずれの名人養蚕記をいたしあり
といへども男女童子ともに[至]り文字の
よろしきかたき事にてはわかりかねる
ゆへに文字のつたなきにかゝわらず
心にかなへるのみ第一に書しるすべく候
[事]
信州小縣郡上田在まいた
南向堂重清
夫國中にいかなる家なりといへともその
元をあらため見るに吉日吉方をゑらみ
立る家なれは是蚕あたらぬといふ事
なし
一 [実]にたとへ日に三度のめしたきそこのふと
いへども水かけんのしさいなり「蚕かひ
そこのふといへどもようき取ちがへのしそ
んじなりいかなる家にても夫ゝに季
こうをかんかへ「かひ立るならばちごうと
いふ事なし
一 上ゝの種はき度おほしめしある人は種を
心えて見るべし即心えて見るといふ事は
蚕は神のごとくなるゆへに第一我か心正直
にして蚕のあたり上中下是ありといへども
種の直段にかゝはらずいつわりなく只正直に
心にかけ上種をもとむる事是自然の
じゆうあひなり
一 種壹枚と申は目方十八九匁より廿匁なりまづ
下種のかひ方種壹枚はき「桑十駄也 但し壹駄と申は五尺なわ六把也
是をあたへまゆ八斗程取 但京ます也 蚕母壹人にて
かひ此故手入に是まゆ下品に出来蝶少し
出種小粒にてしまりゆるく出来るを下種と
いふなり
一 中種のかひ方は種壹枚はきくは十五駄をあたへ
蚕母弐人にて「かうまゆ壹石三斗程取蝶の
せいぶんますゆへに種よろし是を中種といふ也
一 上種と申は種壹枚はきくは廿駄をあたへ蚕
母三人にて「かうまゆ壹石六斗程[有]蝶のはたらき
種しまりよきを上種と申
一 極上ゝ種と申は元種をあらためまゆ弐石余
有此かひ方壹枚に付桑三拾駄をあたへ蚕母
五人掛りまゆのつやよろしく手ざはりやはら
かにして弐石の内よりまゆ壹ツつゝ弐斗をゑり出し
是より出る蝶のはたらきゆへに種粒大きく「しまり
かたく是を極上ゝ種といふ故に直段高値を
いとはず極さい上の種をはく事かん要なり
一 下ゝ種は蚕かひにくし乍去下品といふとも
一切ふ作といふことなしまゆのつくりあしく
蚕飼のおん方御そんなり「此種の級は下直
に仕入方いたし所ゝの下まゆにて種取此故に
下まゆにつくるなり
一 蚕はき立のせつ置場「手違にてほこりに
なる事此「置場と申はたばこのけむりさき
あるひは「しもふりさむき風にあたり死して
ほこりとなるなり
一 蚕はき立たくさんにあり「[湲ゝ]あかく「すき蚕
になる事此「すき蚕と申は四度のやすみ
あり「やすみより三日四日めにとふろうのことし
かならすまゆつくる事なし此蚕は四方を
たて気こもりようきはらはずして并に
火ばちなど入あたゝかなるゆへに皆すき
蚕となるすき蚕にならぬやうに[はそらへ]
気をはらひちう夜の桑を入蚕母心を
とめ「ようきをかんかひ取事せん一なり
一 はき立より二度のやすみまで蚕かしら
大きく「しりほそく水出す事あり此水
を出す事は毛蚕のうちよりさむきにあたり
尤此あたりはひるはようにして火なり夜
九ツまではあたゝかにして火の気をたもつ
夜九ツよりは陰にして水なり[かるこのゆへに]
八ツすぎより夜あけ「朝五ツまてはことことく
さむし二ツやすみまではおりおりしもふり
こふる事ありよくよく心を付へし
一 はき立より半分よきまゆをつくり「半分
すき蚕となるは南の方ようき「つよく
してあたゝかなるゆへなり是を止る
事は「ようきはげしき時戸を引
北をとりはらひ蚕にあたらぬやうに
自然と北風を入る時はすき蚕になら
ぬなり
一 蚕六七分のあたりふしたかくなる事有
けむりさき風さきまたは「しちやうの[へか]
にてかひそだてたる蚕「ふしたかく
なる
一 蚕にちぢれあり「まゆつくり七八分に
あたる事此あたりは四度のやすみ
きぬをぬくせつ風にあたりたるゆえ
なり
一 蚕あたり「まゆつくりしにぐもりある
事此しにぐもりはまゆ中にてくさり
是は毛蚕の内夜あげがたさむきにあたり
たるゆへなり
一 四度のやすみまでは蚕上ゝにて三分
壹になる違ひあり此三分壹になる
ちかひと申は四度のやすみきぬを
ぬぐせつ北風またはあらき風にあたり
蚕よろしきといへとも三分壹へる
事あり
一 庭やすみ「のちに蚕ふとくして水
いろにすく事此水色と申は蚕がひ
のせつさむきにあたり「のちに水色に
すくなりのこりしまゆは中作なり
一 四度のやすみまで上ゝ蚕「くはつけの
しそんじにて五分のあたりなり此
くはづけのしそんじと申は蚕「そろひ
たく「くはくれる事手をくれになり蚕
母の心え違ひなり
一 蚕はじめすこしにてのちに上ゝのまゆ
作り七八分にあたるなり此あたりと申は
蚕母蚕をこのみそばをはなれさる
ゆへにきこうのさむきあつきをわきまへる
ゆへに自然のあたりなり
一 蚕十分のあたり「まゆつくりにいたり
ちかひの事此ちかひと申は「まゆつくり
のせつ打つゝきあめふりはなはだすす
しき事あり上ゝの蚕といへとも五六分
のあたりとなるなり
【蚕間取置場所傳授の事】
神蚕はじまりよりおはり迄手をとりておしゆるが
如くくはしくこれありといへども第一伝授の儀は
此間どりに有尤家の「方がくあらましに書印と
いへども戸間口のあけ所または其家ゝにくで
んあり世の中ひろめのために此度改はん
いたし差出し申候
(挿し絵)居宅方角の圖
(挿し絵)女蝶・男蝶
【種かひとりかこひやうの事】
一 ものゝうるをひなき箱へ入置べし 但し寒水へ
入る時は種壹枚の目方を改め午の日「きれいなる
桶に水をくみ入へし夕方出しひかげにて
能くしまし右種の目方より少しかろく
なる心もちにちにほしあげしまふべし
一 蚕はき立のせつは國ゝ寒暖をかんかへ
桑のめはえにしたがひ箱より出ししら紙
を三尺四方くらへにつぎ是にて「つゝみ其上を
きれいなるふろしきにて「つゝみ家内のあた
たかなる所の目通りにかけ置へし
夫より種むしの出を心つくへし
よく日はきたてんとおもはゝ前日紙六枚
程つぎ桑の實づ 此みづといふは国ゝところ違事あり桑の實の事也
弐服程あつめ 但し實づなきときは桑を
取置べし
【種一枚はきおろしの事】
(挿し絵)壹番はきおろし
三尺四方にひろけて
よろし
弐番同即
一 桑くれやうひる六度夜二度
一 よく日よりしき紙を「取かへ是を日蚕尻といふ
一 四日め頃まては右六枚の紙にひろげてよし
一 はき立てより七日め頃桑「くわづしてやすみに
おもむくじせつ三尺四方十弐枚にひろげ
見るにやすみいるなり
(挿し絵)一度の休
一 やすみにくはとめる事きぬをぬぐ
蚕見へるならば其せつくは「くれ置てよし
一 蚕三分壹おきるじせつに中桑をくれてよし
一 蚕八九分どふりおきるとならばやわら
かなる桑にてくれてよし夫より桑
くれ蚕尻をとりやすみたる蚕にても
ひろいこむへし
一 桑くれやうはひる四度夜弐度くれてよし
一 右籠わりは二ツ休廿四枚にひろけてよし
一 やすみまへに桑とめ桑づけ前のことし
【二ツやすみ篭わりの事】
(挿し絵)弐度の休
一 桑づけ三分壹おき中桑くれ八九分おきる
しせつやわらかなる桑にて「くわ付べし
一 二ツおきよりふなやすみ迄ひる四度
夜壹度くわくれてよし
一 蚕尻まへまへのとふり日ゝ蚕尻取へし
一 是よりふなやすみにかゝり桑とめ前の通り
一 あたゝかなるゆへに休みの内たりとも
桑たやすへからず
一 ふなやすみかご四拾八枚にひろげて
よし
(挿し絵)三度の休
一 ふなやすみにても中桑をくれ八九分
おきるじせつやわらかなる桑にて「くわ付べし
一 蚕尻前ゝの通り毎日蚕尻を取ひろげてよし
一 舟やすみより庭やすみ迄昼三度
夜壹度桑くれへし庭やすみの
せつは大せつなりかくべつあたゝか
なるゆへにやすみに桑たやすべからす
【庭やすみ籠わりの百枚の圖】
(挿し絵)四度の休
一 庭やすみ桑つけ大せつなり蚕三分一
おき中桑をくれ七八分におき「やわらか
なる桑にてくわ付へし弐度め桑
くれすぐさま蚕尻取へし
一 庭やすみ大せつと申は蚕きぬぬぎ
はなはだくろうするゆへにそのせつ
桑付おそなはりだんきをうけ「違ひ
あり[かるか]ゆへにくわづけいそぐべし
一 庭おきより桑くれやうあつく三度にてよし
一 あがり籠わり百五十枚にすへし
一 まゆつくりのせつ打つゞきあめふり
はなはださむき事あり其せつ戸を
引まどをしめ風をいとひ家内
にて火をたきあたゝかにしてよくよく
桑くれてあけるなり
右記書[EFG]多年心かけためし見るに飼方の移事有之既に
内は勿論外の桑葉にまで蚕はきかけ置見るに夜は露
しもをしのかん為に葉のうらに廻り昼は表に廻る也風
雨はけしき時もおなしく衷の袖に付是即季かうを
かんごうすへき事也程に四度の休み[此浄]してまゆ作る事
うつくしきもの也然といへども諸色諸虫のかたき多くして
かえがたし實に夫桑の木の皮肉の間の皮をとり細に
して四日程是をあたへ死しやうを見るにせいぶんつよくして
さかんなり後に桑にてかえとり上ゝのまゆ作る也此二ツ道
を能く心に掛其外種ゝの手立にて秘術を覚る事
多年也是によつて諸國諸人の為に紀む[Hゝ]此
書を心に掛御飼立可被成候その当り少もうたがへ
なし実にあらましき道といへども猶此文にしたがひ
口傳の有へきものなり
天保十一年庚子正月改板
信州小縣郡上田在マイタ邑
中村彌七郎謹白(印)
信州佐久郡中山道芦田宿峠
小松屋壽惠藏謹書