隠れ里(一)
 
 
 これは昔、喜界島(きかいがしま)にほんとうにあった話だとつたえられています。

 むかし、ある男が天神泊のなぎさに牛をつれていって草をたべさせていました。なぎさには大きな岩があり、男はいつも岩にうしをつないで昼寝をしていました。

 ある日、いつものように大岩に牛をつないで昼寝をしていましたが、ふと目をさましてみると、何万何千という蟻(あり)があつまってきて、大きな牛を岩かげの穴のなかに引っぱりこもうとしていました。

 男はびっくりして牛を引っぱりもどそうとしましたが、蟻のほうが力がつよく、男もいっしょに穴にひきずりこまれてしまいました。

 穴のなかは思ったよりずっと広く、畑や家があって、人も住んでいるようでした。けれど、こんなところに住んでいる人がふつうの人間であるはずがありません。早くここからにげださなければと思いましたが、どこをどう通ってきたかもわからず、ただぼうぜんとあたりを見まわしていました。

 畑をたがやしていた人が男のほうへ近づいてきました。男はおそろしくなって、
「おゆるしくだせえ。おら牛に引きずられてきただけですだ。牛はさしあげますから命ばかりはおたすけを」
と、ひたいを地べたにすりつけて命ごいをしました。

 すると、畑をたがやしていた人は笑いながら、
「ゆるすもなにも、畑の土がかたくてこまっていたところです。毎日あなたが牛をかしてくれたので、畑をたがやすことができました。これはお礼の金子(きんす)です」
と、いって、男にたくさんのお金をくれました。
「ひゃあ、こんなにたくさん…!」
「使いきったらまたとりにくれば、いるだけのお金をさしあげましょう。ただし、このことは誰にもはなしてはいけませんよ」

 男は穴のなかの人にもらったお金で大きな家をたてて、使用人をやといました。お金をつかいきると、また大岩の穴までもらいにいくので、たちまちこのあたりで一番の長者になりました。

 ながいこと、そのことは誰にも話さずにいましたが、ある日、酒によったいきおいで友だちに穴にひきずりこまれた話をしてしまった。友だちが、それなら穴をみせてくれというので、いっしょに大岩までいってみると、どこをさがしても穴などありませんでした。

 それからというもの、男がお金をもらいに大岩にいっても、穴の口がひらかなくなり、もとどおりの貧乏生活にもどってしまったということです。
 

◆こぼれ話◆

 喜界島は鹿児島県に実在する。九州には隠れ里と呼ばれる異界への入り口が多いところで、薩摩の鹿籠山中、日向の霧島山中などが昔から知られていた。

 宮崎県都城市母智丘(もちおか)の琴之背戸あたりで、寺の飯炊き男の三蔵が白髪の老人に招かれて隠れ里に入った。隠れ里では美しい天人にもてなされ、めずらしいお菓子などがふるまわれた。村人たちが三蔵をさがしてやってくると、三蔵からは村人が見えるが、村人からは三蔵が見えなかった。三蔵を連れてきた老人は、決してこちらから声をかけてはならないと言うので、三蔵はぐっとこらえて何も言わなかった。それでも家が気になるからと、里を出ることになったが、ほんの三日のつもりが外では三カ月たっていて、あまりのおそろしさに二度と隠れ里にもどることはなかった。
 
 
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