御徳政(ごとくせい)
 

 町ではもうすぐ御徳政(ごとくせい)が出るといううわさでもちきりでした。御徳政というのは、借金を帳消しにしたり、貧乏のために仕方なく罪をおかした人を牢から出してやったりする命令のことです。

 ある宿屋の主人は欲の皮がつっぱっているので有名でした。お金をもうけるためならなんでもする男で、御徳政を利用してなんとかお金をもうけられないかと頭をひねっておりました。

 さて、御徳政が出るという前の日のことです。欲張りな宿屋にひとりの旅人がおとずれました。しめた、と思った主人は、
「お客さま、おつかれでございましょう。お荷物はこちらでおあずかりさせていただきます。どうかごゆっくりおくつろぎくださいませ」
と、旅人から荷物や貴重品をあずかりました。

 翌日になると、朝いちばんで御徳政のおふれが出されました。旅人が宿を出ようと、
「なかなかいい宿でした。帰りにはまた立ちよらせていただきますよ。ところで、夕べあずけた荷物を出していただきたいのだが」
と、いいました。

 すると宿の主人は
「お客さま、あいにくですが荷物はおわたしできません。今朝がた御徳政が出まして、すべての貸し借りは帳消しになったのでございます」
と、すました顔でいいました。

 これには旅人はこまってしまいました。お金も荷物もかえしてもらえないのでは一文なしになってしまいます。旅をつづけられないばかりか、家にかえることさえできません。

 そこで旅人は、宿屋のひどいしうちを奉行所にうったえ出ました。宿屋の主人もよびだされ、お奉行(ぶぎょう)さまはことのしだいをすっかり聞いてしまうと、
「ふむ、よくわかった。しかし旅人のうったえは取り下げといたす」
と、いいました。

 旅人はなさけない声でいいました。
「そんな、いくら御徳政といっても、みぐるみはがれちゃ生きていかれない。お奉行さま、なんとかしてください」
するとお奉行さまは
「御徳政を曲げるわけにはいかん。宿屋は旅人の持ち物をかえすひつようはないぞ。だが、宿屋。そのかわりお前は今すぐこの旅人に家をあけわたすのだ」
と、いいました。

「めっそうもない。家をあけわたすとは、いったいどういうことでございましょう」
宿屋はわけがわからず、おろおろしながらいいました。

 すると、お奉行さまはこういいました。
「宿屋は前の晩に旅人の荷物をあずかり、旅人は宿屋から部屋をかりた。そして御徳政が出たのだから、この貸し借りは帳消しだ。宿屋は旅人に荷物をかえさなくてよい。旅人は部屋をかえしてはならん。宿屋は今日中に家をあけわたさないと罪をとわれることになるが、かまわぬか」

 こんどは宿屋がおおよわり。宿をとりあげられては商売になりません。旅人に荷物をかえし、ゆるしてもらうことにしました。

 欲張りな宿屋をとっちめたお奉行さまは、北条泰時(ほうじょうやすとき)という人で、のちに執権職(しっけんしょく)という立派なおやくめにつき、将軍さまのつぎにえらい人になったそうです。
 

 
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