力和尚
 
 
 上州(群馬県)の桐生というところに西方寺というお寺があります。
 むかし、このお寺には、たいそう力持ちの和尚さんがいたということです。

本堂普請

 お寺の本堂をつくることになって、棟木にする大木をうらの山からひいてくることになりました。木挽きさんたちが時間をかけて切りたおした太くてりっぱな木です。

 村の人たちがよびあつめられて、大木にかけた縄をいっせいに引っぱりましたが、重くてびくとも動きません。

 そこへ西方寺の和尚さんがやってきて、
「そんならわしが引いてみるかいのう」
と、太い縄を肩にかけ、えいやっ、と引っぱりました。

 ぐらり。
 ぐら、ぐら、ぐら。
 ずずずずーっ、ずずーっ、ずずーっ。

「動いたぞ!」
「和尚さんが大木を動かしなすった!!」

 村中総出で引いても動かなかった大木を、和尚さんがひとりで引っぱって、寺の庭まで下ろしてしまいました。

 それから、本堂の屋根をふく時のことです。
 人足さんたちが茅(かや)を一束ずつ肩にかついで梯子をのぼっているのを見て、
 「それでは仕事がはかどるまい。下から投げたらどうじゃろうのう」
と、いいました。

 けれど、茅の束はとても重たいのです。体の大きな人足が力いっぱい投げあげても屋根までとどかずに落ちてしまいます。

 そこで和尚さん、
「よし、わしにかしてみなさい」
といって、ひとかかえもある茅の束を、片手でつかむとぽいぽいと屋根の上に投げあげてしまいました。おかげであっというまに屋根はふきあがったということです。

和尚さん江戸へ行く

 急な用事で江戸に出かけることになりました。
 朝早く桐生の西方寺を出た和尚さん、昼には熊谷に到着しました。
 途中で時間が気になって、立ちよった茶屋の主に
「すまんが、何時かのう」
と、ききました。

 すると、主はこまった顔をして、
「いつもなら上州の西方寺さんの鐘が時をしらせてくれますが、今日は朝から鐘が一度も鳴りませんでのう」
と、いいました。

 自分がならす鐘の音がこんな遠いところまでとどいているというので内心びっくりしながらも、和尚さんはすました顔をして、
「ああ、西方寺の和尚なら、今日は用事ででかけるといっていたよ」
と、いって、先をいそぎました。

力くらべ

 ある日、江戸から大きな体の相撲取りがやってきて、
「この寺の和尚と力くらべを所望いたす」
と、いいました。

 お相撲さんもよほどの力自慢なのでしょう。太い青だけを力まかせにねじり上げてたすきのかわりにしていました。

「西方寺の和尚はわしのことじゃが…何かのおまちがいではありませんかのう」

 奥から出てきた和尚さんは、背が小さくてやせっぽち。どうしてお相撲さんなんかと力くらべができるでしょう。

 相撲取りは和尚さんを見て、これは噂だおれだったかと、すっかりやる気をなくして青竹のたすきをはずし、江戸へ帰ろうとしました。

 そこで和尚さん、せっかく上州まで来たのだからと、お相撲さんを庫裏にまねいてお茶をすすめました。

 お茶請けに出てきたのはクルミの実。それも、かたい殻がついたままのクルミです。

「これは…?」

 お相撲さんは、一体どうして食べたものかと和尚さんを見ました。

 すると和尚さん、親指と人差し指でクルミをつまみあげ、ぱりんと、軽い音をたてて殻をわってみせました。

 お相撲さんもまねをしてクルミをわろうとしましたが、われません。顔を真っ赤にして指先に力をこめますが、かたいクルミの殻にはひびひとつ入りません。

 これには、お相撲さんも、すっかり降参して、
「おそれいりました。数々のご無礼、おゆるしください」
と、手をついて頭をさげると、あわてて江戸へ帰って行きました。
  

◆こぼれ話◆

 群馬県桐生市梅田というところの昔話。西方寺は今も桐生に残っている。熊谷で(昔読んだ本では伊勢崎になってたような気がする)時刻を聞くと「西方寺の鐘が鳴らないのでわからない」と言われるところが特に好きで印象に残っている。

 
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