ねずみ経
 

 あるところに、信心ぶかいおばあさんがいました。
 ある日、おばあさんは、お寺の和尚さんに、お経をおしえてほしいとたのみました。

 おばあさんは字がよめないので、和尚さんのあとについて、口まねをしようとするのですが、いくらやってもお経がむずかしいのか、夜おそくまでがんばっているのに、ちっともおぼえられません。

 和尚さんもすっかりあきれはてて、これでは行灯(あんどん)のあかりももったいない、火を細くしてやるか、と芯をつぼめてしまいました。

 あたりがすこし暗くなると、すみのほうから鼠(ねずみ)がでてきました。和尚さんは、こりゃあいいと、
「ねずみちゅうちゅう、寝たとて出たか、寝たとて出たか」
と、お経の口調でいいました。

 すると、おばあさんも和尚さんの口まねをしました。
「ネズミチュウチュウ、ネタトテデタカ、ネタトテデタカ」

 鼠がとまると、
「ああ、しゃーがんだー、しゃーがんだー」
と、和尚さん。おばあさんも、あとについて
「アー、シャーガンダー、シャーガンダー」
といいました。

 それからはもう、鼠の動きにあわせて、
「あっち向きー、こっち向きー」
「アッチムキー、コッチムキー」
「逃ーげるとーて逃がさぬぞー、逃ーげるとーて逃がさぬぞー」
「ニーゲルトーテニガサヌゾー、ニーゲルトーテニガサヌゾー」
と、でたらめのお経をとなえました。

 おばあさんは、今夜のお経はかんたんでおぼえやすいと、大よろこびで家にかえっていきました。そして、布団にはいってからも、お経を忘れないようにと、ぶつぶつ唱えていました。

 その夜、おばあさんの家には泥棒がしのびこんでいましたが、おばあさんが布団の中で、
「ねずみちゅうちゅう、寝たとて出たか、寝たとて出たか」
と、つぶやいているので、泥棒は自分のことをいわれたのだとおもい、びっくりして腰をぬかしてしまいました。

 すると、おばあさんは、
「ああ、しゃーがんだー、しゃーがんだー」
というので、もうびっくりして、早くにげなければと、あたりをきょろきょろ見まわしました。

 すると、
「あっち向きー、こっち向きー」
と、きこえてくるので、こりゃあもう、すっかりお見とおしだと観念した泥棒は、よその家から盗んできたものだけは持ってにげようと、ふろしきづつみを背負いなおしました。
 そこへ、
「逃ーげるとーて逃がさぬぞー、逃ーげるとーて逃がさぬぞー」
と、いうので、泥棒はすっかりおそれをなして、荷物をほうりだしてにげてしまいました。

 次の朝、おばあさんが目をさますと、家のまえに泥棒のふろしきづつみが落ちているのでびっくりしました。なにがおこったかわかりませんが、ありがたいお経のおかげで何もとられずにすんだと、それはらはますます、仏さまを信心するようになりました。
 

 
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