鬼の目玉
 
 
 これはワラビ取りに行って、道にまよった娘の話じゃ。
 娘はこの山に、毎年ワラビを取りに来ておった。道に迷ったことなんぞ一度もないが、その年はやけに沢山ワラビが生えておってのう。夢中になって摘んでおるうちに、いつもは行かない山の奥まで来てしまったんじゃと。

 すっかり日は落ちて、帰りの道はわからないし、腹もへって心細くなってくる。このまま家に帰れないんじゃなかろうかと、泣き出したくなったころ、森の奥に大きなお屋敷が見えてきた。

 こんな山の中に、どなたのお屋敷だろうとあやしみながらも、ほかにたよるあてもないので、娘はこの家にやっかいになろうと、戸口で声をはりあげた。

「もうし、どなたかおられますか。道に迷って難儀しております。一晩泊めてくださいませ」

 すると、屋敷の中から若い男が現れた。

「それはお困りでしょう。男のひとり暮らしで使用人もおりませんから、たいしたもてなしもできませぬが、このようなところでよければ好きなだけ休んでお行きなさい」

と、親切に娘をむかえてくれたんだと。

 若者はいくらか顔色が青いようだが、そりゃあ良い男で身なりも立派だった。娘はすっかり安心して、泊めてもらうことにしたんだと。

 その日はつかれておったので、すぐに寝てしまった。
 次の日、娘が目をさますと、もうすっかり朝飯の用意ができている。泊めてもらった上に朝飯の用意までしてもらい、娘はすっかり申しわけない気持ちになった。それで、せめてものご恩返しに家の仕事を手伝わせてもらおうと、もう一晩だけ泊めてほしいと若者に頼んだんだと。

 すると、若者はぱっと明るい顔をして、

「家の事なんかどうでもいいが、あなたのような娘さんがいてくれると私も楽しみができてうれしいから、一晩とはいわず、好きなだけ泊まっていきなさい」

と、娘に十三個の鍵のついた鉄の輪っかをくれたんだと。

「私は用があって昼間は家をあける。そのあいだ退屈だろうから、この鍵をやろう。この屋敷には鍵のかかった部屋が十三ある。それぞれに面白いものが入っているから、私が出かけている間にあけてみるといい。
 けれど、十三番目の鍵だけは使ってはならん。私も父からそのようにいわれ、十三番目の部屋だけは開けたことがない」

 若者はそう言うと、仕度をしてどこかへ出かけてしまった。

 屋敷には、ほんとうに若者ひとりで暮らしているらしく、若者がでかけてしまうとシンと静まりかえり、急にうすら寒い風がふきぬけたような気がした。

 ひとりでじっとしていても仕方がないので、そんなら掃除でもしてみようと、若者からもらった鍵で部屋をあけてみた。

 最初の倉をあけると、そこは屋敷の中とは思えないほど、広い野山がひろがっておってのう。人形のように小さな人たちが、たくさん住んでいるんだと。大人たちは餅をつき、子供たちがコマをまわして遊んでいるので、正月の部屋だとわかったんだと。

 娘はすっかり面白くなって、ほかの部屋も開けてみることにしたんだと。
 次の部屋は二月。あたり一面に梅の花が咲きみだれ、うぐいすが美しい声で鳴いていた。
 三番目は三月の部屋。小人たちがひな祭りをしている。
 四番目は四月。花祭りで小さなな小さな仏さまに甘茶をかけてお祝いしている。
 五月の部屋は鯉のぼり。
 六月の倉は田植えをしている。
 七月は七夕のお祭り。
 八月は十五夜。
 九月は菊の節句、
 十月は田んぼの稲を刈り取っている。
 十一月は大根の収穫。
 十二月は雪景色で子どもたちが雪投げをして遊んでおった。

 そうして最後に十三番目の部屋がのこった。
 この部屋だけは開けてはならんと言われていたが、娘はもう夢中になっておって、若者の言ったことなどすっかり忘れて鍵をあけてしまった。

 長いこと誰も開けたことのなかった部屋の戸は建てつけが悪く、開けるのにひどく手間どった。
 開けてみると、中はガランとしておって、面白いことなどなんにもない。

 部屋のまんなかに、箱がひとつあってのう。蓋をあけてみると、中には水が入っておって、丸い水晶玉のようなものが二個、ちゃぷんちゃぷんと浮いておるんだと。

 娘はこわくなって、箱の蓋をしめた。
 それから部屋を出て、もとどおりに鍵をかけた。

 夜になると、若者が帰ってきたが、ひどくやつれた顔をしている。
 何かあったのですかとたずねても、

「なあに、少しつかれているだけじゃ。いつものことだから気にしなくていい」

と言って、さっさと寝てしまうんだと。

 娘は十三番目の鍵を使ったことを知られるのではないかとおびえていたが、若者はそんなことには少しも気がづかず、興味もない様子で、鍵のことを娘に聞いたりもしない。

 次の日も、また次の日も、若者はでかけていって、夜になると今にも死にそうな顔をして帰ってきては、娘が用意した夕飯をたべて、ばったりと寝てしまうんだと。

 このままじゃ、若者が死んでしまうと思って、ある日、娘は若者のあとをつけてみることにしたんだと。

 すると、若者は家を出るふりをして、裏からまた屋敷に入っていったんだと。
 娘があとからそっと入ってみると、そこは屋敷の中ではなくて、暗い洞窟の中につながっておったんだと。

 洞窟の中では、真っ赤な火がごうごうと燃えて、そのまわりに恐ろしい顔をした鬼たちがいて、若者をはだかにして、棒でたたいたり、火であぶったりして責めたてておった。

「やい、わしの目玉をどこへやった。そろそろ白状しないと殺してしまうぞ」

 若者をせめている鬼には目玉がなくて、顔にはふたつの穴がぽっかりあいておった。

「知らん、わしは何もしらんのじゃ」
「そんなはずはない。わしの目玉をとったのはおまえの父親だ。息子のおまえが知らぬはずはないぞ」
「知らん、ほんとうに知らんのじゃ」

 鬼がいくらせめても若者は知らんというばかりだった。

 それで娘はハッと気がついた。
 十三番目の部屋にあったのは鬼の目玉なのだ。
 若者はあの部屋をあけたことがないといっていたから、本当に目玉のことは知らないのだろう。

 ほうっておいたら鬼は若者を責め殺してしまう。
 娘は慌てて洞窟を出て、十三番目の部屋から鬼の目玉をとってもどってきた。

「目玉というのはこれのことじゃありませんか」

 娘は目玉を一個だけ鬼にさしだした。
 鬼はそれを受けとると、顔にあいた穴にはめこんだ。

「これじゃ、これこそわしの目玉じゃ。娘、もうひとつあるはずだ。残りもよこせ」

と、恐い顔をして娘をおどかすんだと。
 けれど娘は目玉を渡さない。

「この方を、こんなひどいめにあわせる悪い鬼にはかえしませぬ。その人を放してあげてください。さあ、はやく」

 それを聞くと、鬼は急におとなしくなって、

「すまん、それもこれも目玉を取り戻したい一心のこと。
 わしは昔、このあたりで悪さをしていた鬼だが、この若者の父親にこらしめられ、目玉を抜かれてしもうた。
 あれからわしも、すっかり年をくって今では悪さをする気もない。
 目玉をかえしてくれれば、もう二度とこの男には手をださぬ。悪さはせんとやくそくしよう」

と、涙ながらにいうのだった。

 本当に改心するのですねと念をおし、娘が目玉をかえしてやると、鬼は大喜びで若者を開放してどこかへ逃げて行ってしまった。

 娘はぼろぼろになった若者を助けおこして、

「ごめんなさい。開けてはいけないと言われた十三番目の部屋をあけてしまいました」

と、若者にあやまって鍵を返した。

「いや、そなたのおかげで鬼も改心し、私も苦しみから解放されたのだから…」

 若者はそう言って少し笑い、洞窟を出ていった。

 娘も後から外へ出ると、若者の姿がない。
 どこへ行ってしまったのだろうかと辺りを見回すと、さっきまでここにあった屋敷もなくなっていた。

 ふと見ると、足下にはしゃれこうべ(がいこつ)が転がっており、娘は来たときと同じように、山奥でひとりきり、ぽつんと取り残されておったんだと。
 

◆こぼれ話◆

 「ウグイスの里」という話に似ているが、こちらは主人公が娘になっていること、禁をやぶって開かずの間を見てしまったことが不幸の原因にならないことなどが違っている。

 通常こういった話では、見てはいけないと言われたものを見てしまったところで話は終わり、幸せだった生活が壊れてしまうと決まっているのだが、このお話では娘のしたことで鬼が改心し、若者も苦しみから解放され、良いことばかり起こるように見える。

 しかし、禁をやぶったというペナルティーは帳消しにならなかったようで、若者と屋敷は消え、娘は山奥に取り残されてしまう。

 また、この話をまとめるのに参考にした本(ポプラ社『日本むかしばなしシリーズ』)には、改心した鬼が金の鶏をおいてゆくエピソードもあったのだが、その直後に若者も屋敷も消えてしまい、鶏がどうなったかもわからないまま、中途半端なバッドエンドに終わっていた。

 金の鶏といえば「ジャックと豆の木」でジャックが空の巨人の国から盗んできた宝のひとつである(正確には金の卵を産む鶏だが)。それに、玉の輿にのった娘があかずの間を見たばかりに恐ろしいめにあうのは「青ヒゲ」とも同じだ。

 もとは「ウグイスの里」だったのが、外国の童話の影響で変形したものではないかと思うが、真相はよくわからない。

 
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