嘘をつくなら
 
 
 嘘つきな小僧さんの話である。
 

猪が出たぞ

 ある日、小僧さんは「近くに猪がいる」と、奉公先の旦那さんを呼んできた。この旦那は猟が大好きで、猪と聞いてはいてもたってもいられず、鉄砲をかついでとんできた。

 ところが猪どころか鼠一匹いやしない。
 また小僧にだまされたと、腹がたつやらきまりが悪いやら。持ってきた鉄砲を小僧に渡し、
「すまんがこれをうちに届けてくれ。わしは町へ用足しにいってくるから」
と言って、どこかへ行ってしまった。
 

旦那さんがが猪に突かれた

 さて、小僧さんは旦那の鉄砲を持って泣きながら屋敷に帰る。
「わーん、わーん。旦那さんが猪に突かれて死んでしもうたぁ」
 見れば小僧さんは、旦那が大事にしている鉄砲を持っているし、こりゃぁ本当のことかもしれないと、家の者たちは大あわてで旦那をさがしに出ようとした。

 そこへひょっこり旦那が帰ってきたから、小僧さんの嘘はすっかりばれてしまった。
「まったくお前というやつは。よりによってわしが死んだというたんか。何という縁起の悪い嘘をつくんじゃ。お前のようなやつは俵(たわら)に詰めて川にほうりこんでやるわい」
と、下男を呼んで小僧を俵に詰めさせた。
 

命より金が惜しい

 下男たちは、小僧さんをつめた俵を背負って、えっちらおっちら川まで運んで行った。このまんまじゃ本当に川に放り込まれて死んでしまう。
 そこで小僧さん、
「オラ命は惜しくねえが、奉公でためた金が惜しい。誰にもみつからないように屋敷の木の下に埋めたんじゃ。けど、今日あたり木に肥やしをやると言ってたから、急いで掘りかえさねぇととられてしまう」
と泣きながら言った。これを聞いた下男たちは、担いでいた俵を放り出してお金を掘りに帰ってしまった。
 

目を治す願掛けじゃ

 このすきに逃げださなきゃならんとあれこれ思いめぐらしていると、誰かが近づいてくる気配がする。小僧さんは聞こえるように大きな声で、ナムナムとお経を唱えるまねをした。

 近づいてきたのは行商人だった。俵がしゃべっているのを聞いて、
「おや、俵がお経を読んでいるよ。もうし、一体何をなさっておられるのかな」
 小僧さんは俵のすきまから外をのぞき、行商人が目を赤くしているのを見てとると、ははん、この人は眼の病だなと思い、
「この先のお薬師さまに願をかけているのじゃ。こうやって俵に入り、一心に祈れば不思議とよくなると言われている」
と、答えた。

 すると行商人が
「それは耳寄りな話ですなあ。しかし、どれほどの御利益があるものやら」
というので、小僧さんはしめしめと思い、
「そんならあんたもやってみなさるがいい。オラはもうすっかり治ってしまったから、この俵はあんたにやろう」
と言うのだった。

 行商人が俵をほどくと、中から小僧さんが飛び出して、
「ほうら、オラの目をよく見るだ。すっかり良くなっていまじゃこの通りじゃ」
と、もとから悪くもなんともなかった目をみせた。
 行商人はすっかりその気になって、それならわたしもやってみようかと、自分から俵にはいり、小僧さんにしばってくれと頼んだ。

 小僧さんは行商人をぐるぐる巻きにして道ばたに放り出すと、
「誰が来てもお経を唱えているだ。目が治るまでやめちゃいかんぞ」
と言って、自分はどこかへ逃げてしまった。

 そこへ下男たちが
「ええい、あの小僧。金なんか埋まっておらんかったわい」
「今度こそ川に放り込んでやるだ。生かしておいちゃ為にならね」
と言いながら戻ってきた。
 さきほどの俵はまだ道ばたに転がっている。中からお経を読む声が聞こえるので、
「ははー、さすがの小僧も観念したか。よしよし、迷わず成仏できるよう、深いところへ沈めてやるからな」
と言って、俵を川の深いところへ投げ込んでしまった。かわいそうに騙されたと気づいた時にはもう遅く、行商人は水に沈んで二度と浮かんでこなかった。
 

竜宮のお使いじゃ

 小僧はあちこち逃げ回って、五年後にもとの屋敷に戻ってきた。旦那さんは小僧が川に沈んだと思っていたからたいそう驚いて、一体なにがあったのかとわけをたずねた。

「オラ、俵に詰められたまんま流れてゆくと、海まで流れて竜宮にたどり着いただ。そこで乙姫様の下働きをして出世したが、竜宮に石臼がなく困っているので買いにきたというわけじゃ。すまんがゆずってもらえんかのう」

 これを聞いて旦那さんは、あの嘘つき小僧が竜宮で出世するとは信じられん、だが本当だったらみっけものだと思い、
「わかった。石臼は用意してやる。お前ひとりで運ぶのはきつかろう。わしが背負っていってやるから、わしにも竜宮を見せてくれんか」
と、石臼を背負って出かけて行った。

 川のほとりまで来ると、小僧さんが
「そら、竜宮への道はそこじゃ」
と言うので、旦那さんはおそるおそる川をのぞき込んだ。
 そこで小僧さん、旦那さんを足で蹴たおして川に落としてしまった。あっと思った時にはもう遅い。背中にくくりつけた石臼が重くて、旦那さんは川に沈んで溺れてしまった。

 それから何日かして、嘘つき小僧は屋敷にもどり、
「旦那さんは竜宮が気に入って、もう帰りたくないと言っている。家財はどうするのかと聞いたら、オラが好きなようにしていいと言われただ」
と言った。

 こうして小僧さんは長者になったという。
 嘘をつくなら小僧のようにうまくつかなきゃいけないよ。
 

 
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