うぐいすの里 |
むかし、ある男が山で道に迷ったと。こっちが里への道かと思ってずんずん行くと、さっき見たところへまたもどってしまう。そんならこっちかと別の道へ行っても、やっぱり同じところへもどってしまう。そうやって同じところをぐるぐるまわっていたら、立派な御殿の前にたどりついたんだと。 こんな山奥に一体どなたが住んでおるんかのう。まさか魔性ものじゃなかろうか。男はおっかない気持ちになったけど、帰る道もわからずもう日も暮れた。せめて一晩でも泊めてもらおうと、戸口で「こんばんは。どなたかおられますか」と声をかけたんだと。 すると中から美しい娘があらわれて、
次の日、男がお礼をいって帰ろうとすると、娘が言うんだと。
ひとり取り残された男は、最初のうちはおとなしくしておったが、見るなと言われるとどうしても見たくなって箪笥のある奥の座敷へ行ってみたんだと。そこには桐の箪笥がひと竿あってな。引き出しが十二もある立派な箪笥だったんだと。男は我慢できなくなって一番上の引き出しから、そうっと開けてみたんだと。 すると、引き出しの中には小指ほどの背丈の人がたくさん住んでいて、ちょうど正月のお祝いをしているんだと。松飾りをして、鏡餅を飾って、子供たちは外で凧揚げやコマ回しをして遊んでいる。 二番目の引き出しをあけてみると、中にはやっぱり小さな人が住んでいて、ちょうど節分の豆まきをしているんだと。 三番目はおひなさま。
その時、ホーホケキョとうぐいすの鳴く声がして、はっと我にかえってみると、箪笥もお座敷も、立派な御殿もすっかり消えて、山の中にぽつんと取り残されていたんだって。
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◆こぼれ話◆
「見るなの座敷」というタイトルでも知られたお話。箪笥ではなく十二または十三の座敷があり、ひとつずつ開けてみると十二ヶ月の風景が見える。最後の部屋をあけるとホーホケキョとウグイスの鳴く声がしてお屋敷は消え、山の中に取り残される。 グリム童話にこれとよく似たのがいくつかある。有名なところでは「青髭」という話。 青髭男爵は過去に何度も結婚し、そのたびに妻が行方不明になるという不幸に見舞われている。そこへある娘が嫁入りして城の鍵を与えられる。開けてはならないと言われた最後の部屋をあけてみると、中に男爵の前妻たちの死体が吊されていた。部屋を見たことが男爵にばれて娘は殺されそうになるが、すんでのところで兄に救い出される。「マリアの子供」という話はもっと似ている。 聖母マリアが貧しい少女を天国に連れていき「十三番目の部屋だけはあけてはいけませんよ」と鍵を渡す。十二の部屋にはキリストの十二人の弟子がいるが、十三番目の部屋には三位一体の像があり、娘が像にふれるとマリアに部屋をあけたことがばれてしまう。なのに娘は「部屋をあけていません」と嘘をつくので地上に落とされてしまう。後者の話はキリスト教色が濃いが、思えばアダムとエヴァも楽園で似たような選択を迫られている。創造されたばかりの彼らは楽園で何不自由なく暮らしているが「知恵と命の木から実をもいで食べてはいけない」と禁じられている。ダメなものなら最初から目の前にちらつかせなければいいし、いかめしい顔の天使にでも守らせておけばよさそうなのに、その木に近づくこと自体は禁じられていないのだ。 ところで、「うぐいすの里」の十二の引き出し(または座敷)に入っているものは語る人によっていろいろで、ここが聞き所でもあり、語り手の腕の見せ所でもあるようだ。その地方特有のお祭りがあるなら付け加えると楽しいし、お盆を新暦でやる地方なら八月ではなく七月にもってこなくちゃいけない。お正月だって、飾り付けの描写に地方色が出ると楽しい。
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