うわばみのとろかし草
 
 
 ある日、樵(きこり)が山で木をきっていると、おおきな腹をしたウワバミがずるずるとはってゆくのをみかけました。

「こりゃ、どこぞで牛でもとって丸のみにしたのかな」

 樵がウワバミのあとをおってみると、見なれない草のはえたところに出ました。そこでウワバミは、あたりにはえている草をむしって食べはじめました。

 すると、ぷっくりふくれていた腹がしゅーっとへこんでいきました。

「ははー、これがウワバミのとろかし草というものか」

 ウワバミは、えものをみつけると、丸のみにしてしまいます。そうなると、腹がふくれてうごけなくなってしまいますから、腹のなかのものをとろかす薬草をたべるといわれています。

 樵は、ウワバミがたべていた草をぬいて山をおりました。そうして町までくると、蕎麦屋の前でおおごえをはりあげて、こういいました。
「今から一升鉢に五杯の蕎麦を食ってみせるぞ」

 すると、たくさんの人があつまってきて、口々にいいました。
「いくらなんでも、そんなに食えるわけがない」

 けれど、樵はじしんたっぷりにいいました。
「いんや、おら五杯どころか十杯でも二十杯でも食うてみせる」

 そこへ町いちばんの長者さんがやってきていいました。
「そこまでいうならやってみせておくれ。ほんとうに一升鉢に五杯の蕎麦を食えたなら、わしのもってる田畑をぜんぶお前さんにやろう。だが、もしできなかったら、お前はわしのところで一生ただばたらきをするんだぞ」

 それで、樵と長者は蕎麦屋にはいり、一升鉢に五杯の蕎麦をゆでてもらった。
 樵はものすごいいきおいで、鉢に二杯の蕎麦をたいらげた。さすがに三杯目になるとくるしくなってきたので
「おら、ちょっくら厠(かわや)へいってくる」
といって、席を立ちました。

 長者さんは、樵がずるをするのではないかと思い、
「まさかにげるつもりじゃないだろうね」
と、いいました。
「めっそうもねえ、ちょいとクソをするだけだ。なんならいっしょにきて、おもてで待っててくれろ」
 樵がそういうので、長者さんもいっしょについていって、厠の前でまっていました。

 樵は厠の戸をしめてしまうと、山からとってきたウワバミのとろかし草をとりだして、むしゃむしゃとたべはじめました。これさえ食べれば、腹のなかのものはあっというまにとろけてしまうはずです。

 長者さんは樵が厠へはいったきり、いつまでも出てこないので、
「おーい、いつまでクソしとるんじゃ、はよう出てつづきを食わんかい」
と、厠の戸をどんどんたたきました。

 けれど、返事がありません。
 ふしぎに思った長者さんは、厠の戸をあけてみました。

 すると、中に樵のすがたはなく、ただ、樵のきものだけが床におちていました。
 ウワバミのとろかし草のききめがあんまりつよくて、腹のなかのものばかりか、体中がとけてしまったというわけです。
 

◆こぼれ話◆

 ウワバミは大蛇のことだが、『和漢三才図会』という江戸時代に作られた百科事典によれば、中国の南のほうに生息していて大きいもので長さが五尺(15m)、胴回りが五尺(150cm)という。東南アジアのアミメニシキヘビなどは 9m を越えるというから、あながち大げさな話ではなさそうだ。

 ウワバミは鹿をまるごと食べて、食べた直後は疲れて動けなくなるが、鹿がこなれてくると肥えて元気になる。生命力が強くてなかなか死なない。ウワバミの肝をほんの少しでも食べれば人は丈夫になり、おそろしい拷問を受けてもたえられるようになる。

 こんな巨大な蛇が日本にいたとは思えないが『和漢三才図会』の著者は「思うにウワバミはわが国(日本)でも深山の中にいる」と言っている。ものを食べて眠る時はおおきなイビキをかき、頭にはネズミのような小さな耳があるとしている。

 大食する生き物が腹の中のものをどうやって消化するかは洋の東西を問わず人の興味を引くらしい。ヨーロッパの北の方と北アメリカに生息するクズリという哺乳類はよく食べることで有名だが、ゲスナーの『怪物誌』によれば、クズリは二本の木の隙間を通ってふくらんだ腹から糞をしごき出すとされている。消化薬に頼るウワバミの食生活は、クズリにくらべればかなりエレガントである。
 

 
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