ほうろく売り
 
 
 長者どんの家で、娘の婿になってくれるお侍さんをさがしているという。そこでほうろく売りは侍のなりをして出かけていった。

 身なりは立派でも、立ち居ふるまいのあやしげな侍に、長者どのの娘はイヤな顔をして奥から出てこない。長者どのも、はてさてどうしたものかと思案顔。ここはひとつ、教養のほどを見せてもらおうと、南蛮渡りの鉄砲を持ち出して、ほうろく売りに手渡した。

 困ったのはほうろく売り。鉄砲なんて生まれてこのかた手にしたことがない。どこをどうほめていいやら、けなしていいやら、おろおろしながらいじりまわしていると、突然ものすごい音がして、鉄砲が暴発してしまった。

 天井には大きな穴が開き、こりゃあ大変なそそうをしてしまったと、青くなるほうろく売り。ところが、穴から毛むくじゃらの化け物が落ちてきたので一同はびっくり。化け物はほうろく売りが暴発させた鉄砲にあたって死んでいた。

 天井裏の化け物に気づいて撃ち殺すとは、並の腕前ではあるまい。長者どんは、ほうろく売りのことを立派な侍と思い込んで、ほうろく売りの手をとって、ぜひとも娘の婿になってほしいと頼んだ。

 長者どんの娘は、おとっつぁんの言うことだからと結婚はしてみたものの、このあやしげな侍がどうも気に入らない。何か理由をつけて離縁しようと思うのだが、そこはそれ、商売人の愛想の良さもあり、世間の評判がみょうにいいので無碍にもできない。

 ある日、峠に大蛇が出るというので、婿殿にぜひとも退治していただきたいと言う者が現れた。長者どのはすっかりその気で、うちの婿どのにかかれば大蛇であろうが龍であろうが、みじん切りにしてつみれ汁にしてくれますぞと大風呂敷を広げるものだから、ほうろく売りもひっこみがつかず、とうとう大蛇退治に行くことになる。

 喜んだのは長者どんの娘である。おとっつぁんはだませても、自分は決してだまされない。こんな貧相な男がお侍であるはずがないんだから、今度こそ化け物に食われて死んでしまうにちがいない。そうだ、念には念を入れて昼飯に毒を仕込んでおこうと、毒入りのにぎりめしを婿殿に持たせて送り出した。

 さて、ほうろく売りが峠にさしかかると、バキバキっと木の折れる音とともに大蛇が現れた。大蛇はほうろく売りをひとのみにしてやろうと、大きな口をばくっと開けて襲いかかってきた。

 ほうろく売りは大あわてにあわて、そこいらの木にとりついて必死で上っていった。そのとき、腰につけたにぎりめしがコロリと落ちて、下で待ちかまえていた大蛇の口に入った。

 嫁が怨念こめてこしらえた毒入りのにぎりめしの効き目はすごかった。大蛇は七転八倒して、長い胴体がもつれて結び目になるほど苦しんで死んでしまった。ほうろく売りはコレ幸いと、大蛇の目に矢を刺して、あたかも自分が倒したような顔をして屋敷に帰った。

「長者どんの婿どのが大蛇を退治したぞ」
「たいそう立派な腕前だそうじゃないか」
「日本中さがしても、あれほどの腕の者はおるまい」

 大蛇退治のうわさは、たちまち広まり、ついにはお城の殿様のお耳にもとどいた。それほどの腕ならば、ぜひ見たいものだ。うわさが真実ならば、召し抱えてつかわそうと、家来に命じてほうろく売りを迎えにやらせた。

 さっそく長者どのの家には城からのお使いがやってきて、これこれこういうわけで上様がお召しでござる。ささ、この馬をお使いくだされと、ほうろく売りを馬に乗せて城に向かうのだった。

 ところが、ほうろく売り。馬に乗るのも生まれてはじめて。川にさしかかり、ぐらりとゆれた馬の背から川へところげおちた。

「なんと、大蛇を退治した勇士が落馬をするとは!」

 同行していた使いの者はおどろいて、はてさて、どうしたものかと助けの手を差しだすのも忘れて呆然と立ちつくす。

 そこへほうろく売りが川から出てきて、
「なに、殿のお招きに手ぶらでは申し訳ないと思い、このとおり鯉をとらえたのでござるよ」
と、すました顔でとりつくろった。おぼれて死にかけたとき、藁をもつかむ思いでしがみついたのが、偶然にも大きな鯉だったのである。

 だが、嘘でぬりかためられた栄光が、いつまでも続くわけがない。城ではほうろく売りを大歓迎。殿様もたいそうご機嫌うるわしく、まずは腕前を見せてほしいとご所望であらせられる。城でおかかえの剣の達人が進み出るが、さすがにこの時ばかりはごまかすことができず、ごめんなさいと頭をかかえて逃げ出した。

 このニセモノめ!
 殿をだまそうとするなど言語道断、成敗してくれるわと、剣士たちはほうろく売りを竹刀でぼかぼか殴り始めた。

 痛い痛い、たすけてくれー。

 あまりの痛さにふと我に返ると、ほうろく売りは自分の家の布団の中にいて、見慣れた顔の奥さんが「このねぼすけ、早く起きなさい」と言いながらゲンコツで叩いているのだった。

 夢だった。ああよかった。
 おらにはほうろく売りがお似合いだ。

 奥さんにぶーぶー言われながら支度をして、いつものように仕事にでかけるほうろく売りであった。
 

◆こぼれ話◆
  主人公はほうろく売りだが、話の中でほうろくを売るシーンはないので、何を売っていても良さそうなものである。しかし、ほうろくという道具について知ってしまうと絶妙なキャスティングであることがわかる。

 ほうろく(焙烙・炮烙)というのは素焼きの浅鍋のことで、お茶を炒ったり芋や魚を蒸し焼きにしたりするのに使われた。素焼きなので壊れやすく、最初から壊れる分を計算にいれて数を仕入れて売ったらしい。「ほうろく千に槌ひとつ」とも言われ、千個あっても金槌でひとたたきすればこっぱみじん、弱いものなど何人いても役にたたないという意味である。とるに足りないものというイメージの強いほうろくを売る男だからこそ、とんとん拍子に出世していく様が面白いのだろう。

 ちなみに、ほうろくは今でも料理に使われることがあるが、最近のものはデザインもこっていて、一個で一万円を越えるような値段で売られている。もはや消耗品ではないし、取るに足りない代物でもない。

 
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