やろか水
 
 
 はげしい雨がふる夜でした。
 村人が土手のようすを見に行くと、雨や川の音にまじって向こう岸から声がきこえてきました。

「やろうか…やろうか…」

 村人はこわくなってにげかえりました。

 村の古老にその話をすると、それは妖怪のしわざなので、けっして返事をしてはいけないということでした。

 村の衆はこわがって誰も川のそばにちかづきませんでしたが、きもったまの太い男がいて、
「妖怪がなんだ。何がおこるかたしかめてやる」
といって、土手のほうに走っていきました。

 そして、あやしい声のするほうにむかって
「よこすなら、よこせ」
と、さけびました。

 すると、川上からどどっと音がして、まもなく湖をひっくりかえしたような水が流れてきました。
 あっというまに土手がくずれ、村はみずにのまれてしまいました。ほとんどの村人はおぼれ死に、この話をつたえた人だけが生きのこったということです。
 

◆こぼれ話◆ 
 不思議な声に返事をする話に「とっつくひっつく」というのもある。「とっつくぞー、ひっつくぞー」という声に良い心の人間が答えると小判がふってきて体にくっつき、悪い人間が答えると、松ヤニがふってきてひっつき、驚いた村人にタバコの火を落とされて全身焼けてしまう。

 鹿児島県の昔話では、どこからか「くゆ、くゆ(崩れる崩れる)」という声がするので四助が「くゆならくえてみよ」と答えると山が崩れて山芋がたくさん転がり出た。これを聞いた欲張りの四助が山へ行くと、どこからか「流ゆ、流ゆ」と声がするので「流れるなら流れてみよ」というと松ヤニが流れてきて四助を飲み込んだ。四助の父親が息子を捜しに行って松ヤニにタバコの火を落としてしまう。四助は松ヤニとともに焼け死んでしまった。

 
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