蜻蛉長者(だんぶりちょうじゃ)
 
蜻蛉長者
 あるところに左衛門太郎という人がいました。
 畑仕事につかれてうたたねをしていると、どこからともなくだんぶり(とんぼ)がとんできて、太郎の口にとまりました。

 太郎がようすをみていると、だんぶりは太郎の口にしっぽをさしこんで、水のようなものを入れました。

「うわ、なんだこりゃ。だんぶりの小便かとおもえば酒っこじゃねえか。はあ、こんただうめえ酒ははじめてだ。いったいどこから来たんだべ」

 左衛門太郎は、だんぶりがとんでくるあたりをさがしてみました。すると、こんこんと水のわきだす泉があり、のんでみると水ではなく酒がわいているのでした。

 それから太郎は泉からわき出す酒を売りはじめましたが、そのうまさが評判になってたちまち大金もちになりました。だんぶりが教えた酒の泉で財をなしたので、誰言うともなく蜻蛉長者(だんぶりちょうじゃ)と呼ばれるようになりました。

 なにひとつ不自由のないくらしをする蜻蛉長者でしたが、たったひとつだけかなわぬねがいがありました。どうしても子供ができなかったのです。

 そこで桂情水観音に子供をさずけてくださいと二十一日間の願かけをすると、まもなく、おかみさんはみごもって、うつくしい女の子がうまれました。

 女の子はすくすくとそだち、年ごろの娘になりました。そのうつくしいことといったら、天女とみまごうほどでした。

 ある日、都から天子さまのお使者がやってきて、
「お前にとって、いちばんだいじな宝ものはなにか」
と、おたずねになりました。

 そこで、左衛門太郎は
「なによりだいじなのは、わが子でございます」
と申し上げると、
「では、その宝を献上せよ。さすれば長者の称号をあたえると天子のおおせであるぞ」
と、お使者がいいました。

 とつぜんのことで、左衛門太郎はおどろきましたが、天子さまからのお召しならば、これいじょうない幸運です。
 こうして、左衛門太郎の娘は天子さまの后になるために都に行くことになりました。

 ありあまるお金を手にいれ、なによりもだいじな娘は天子さまのお嫁さんになり、のぞみをすっかりかなえた左衛門太郎は、夫婦そろってきゅうに力がぬけてたおれてしまいました。そのまま病気になって、まもなく帰らぬ人となりました。

 蜻蛉長者が死んでしまうと酒のわく泉もかれて、いまではどこにあったかおぼえている人もいません。都へいった娘だけは、天子さまのお后としてしあわせに暮らしたということです。
 

 
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