狐のお札
 
 
 ある寺に、男の子がたずねてきて小僧さんにしてほしいと言いました。
 小さいのによくはたらく小僧さんで、和尚さんが仕事をいいつける前に、そうじでも、せんたくでも、なんでも自分からやってしまいます。本当にいい小僧さんが来てくれたものだと、和尚さんは心からよろこびました。

 ところが、小僧さんにはたったひとつ、欠点がありました。
 子供のくせに、いびきがすごいのです。夜になると、和尚さんの部屋までガー、ゴー、ンガガガ…と、大きないびきがきこえてきます。

 ある夜、あんまりうるさいので、和尚さんは小僧さんの部屋をそーっとのぞいてみました。

 するとどうしたことでしょう。小僧さんの尻にはふさふさと毛のはえた、立派なしっぽがはえているではありませんか。

 和尚さんはびっくりしましたが、それでも小僧さんをおこさないように、そっとふすまをしめて部屋を出ました。

 翌朝、和尚さんの部屋に小僧さんがやってきて、きちんとすわってていねいに頭をさげるとこう言いました。
「和尚さん、ごめんなすって。あっしは近くの森にすむ狐でござんす」
そして、和尚さんが見ている前で狐の正体をあらわしました。

「それがどうしたのじゃ。わしはお前が狐でもいっこうにかまわんがのう」
「そういうわけにはいきやせん。術をみやぶられたら正体をあらわすのが決まりですから」
狐は、和尚さんが夜中にようすを見にきたのに気づいていたのです。

「はばかりながら、ここいらにはあっしより化けじょうずの狐はおりやせん。
 けど和尚さん、あっしは狐としていろんなものに化けてみましたが、空をとぶものにはどうやっても化けられませんでした。このお寺の天井うらに、不可思議なるお札が一枚ございます。そのお札があれば、とんびのように空がとべるそうでござんす」

「はて、そんなお札があったかのう」
「先々代の住職が、天狗と問答をして手に入れたものだときいておりやす。あっしはそのお札をいただきたくて、和尚さんのおせわをさせていただいたので」

 狐がしんけんな目をしてたのむので、和尚さんもなんとかしてやろうという気になりました。
「ふむ、お前はようつかえてくれた。そんな札があるならくれてやってもええがのう。だが、ひとつたのみがある。何かひとつ、芸をみせてくれんか。お前ほどの狐なら、さぞかし立派にばけるのじゃろう」

「そんなことならお安いごようで。お釈迦さまの行列をおめにかけやしょう。
 ただし、もったいないとか、ありがたいとか言わないで見ていてくださいよ。そうでないと術がきれてしまいやすから」

 そういって狐はぴょんととびあがって、くるりとまわりました。
 すると、あたりの景色がきゅうにかわって、咲きみだれる桜の木の下を、たくさんのお坊さんをしたがえたお釈迦さまがゆっくりと歩いてゆくのが見えました。

 あまりにうつくしい光景なので、和尚さんはおもわず手をあわせて「もったいないことじゃ…ありがたいことじゃ…」と、拝みはじめました。

 そのとたん、桜の花も、お釈迦さまの行列もきえてしまいました。
 コーンという狐の声に、はっと顔をあげると、青い空に狐が一匹、とんびのようにゆうゆうと飛んでいるのが見えました。
 

 
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