養老の滝
 
 

 むかし、美濃の国にまずしい若者がおった。山で木や草をとって町で売り、わずかな日銭をかせいでおったんだと。

 若者には年老いた父親がおったが、このところ稼ぎもあがらず、父親に酒も飲ませてやれんのが、いつも心にひっかかっておったんだと。

 そんなある日、いつものように山で薪をとっていると、苔に足をとられて崖から落ちてしまった。

 気がつくとうつぶせに倒れておってのう、痛い体をさすりながら立ち上がってみると、どこからか酒のいい香りがするんだと。

 あたりを見まわしたところ、石の間から水が流れ落ちておる。くみ上げて飲んでみたところ、なんとも見事な酒であったと。若者はよろこんで家に帰り、父親に好きなだけ酒を飲ませてやったということじゃ。

 そのことが京の都にも知れ渡り、帝(みかど)みずからこの地をおとずれて、酒のわく不思議な滝をごらんになった。

 これぞまさしく、神仏のめぐみ。若者の孝行心が天に通じたのであろうと、若者を美濃守(みののかみ)にとりたてて、年号を養老と改めたということじゃ。
 

◆こぼれ話◆

 『古今著聞集』という説話集に出てくるお話。元正天皇の時代にあったこととされている。元正天皇が美濃国に行幸された話は『続日本紀』という本にも出てくるが、酒の流れる滝の話はなく、飲んだり浴びたりすると病気がなおり若返る不思議の泉をごらんになったとだけ記録されている。

 どちらの本でも元正天皇が美濃国に入ったのが九月ということになっており、現在の敬老の日が 9月なのはそのことにちなんでいる。

 養老の滝は現在でも岐阜県の養老公園というところにあるが、残念ながら酒は流れていないそうだ。

 
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