菊娘
 
 
 あるところに菊の花が大好きな、ひとり身の男がおったんだと。
 ある日、男のところに美しい娘がやってきて、一晩とめてほしいと言った。
 とめてやるのはいいが、うちには食べるものも満足にないからのうと、思案していると、
「ままならわたしが作りましょう。ちょっと目をつぶっていてくださいな」
と、娘は男に目をつぶらせて何かはじめたんだと。

 ざらざらと米をとぐ音がして、ぱちぱち薪のはぜる音がして、そのうちいい匂いがしてくると、娘は目をあけてもいいと言ったんだと。
 目をあけてみると、男の前には白いまんまがこんもりとよそられた茶碗があった。ほのかに菊の香りがする不思議なままだった。

 娘はそのまま男の嫁さまになって、毎日くるくるとよく働いた。
 気だてがよく、美しい嫁さまだったから、男は仕事にもはりあいがでて、次第にゆたかになっていったんだと。
 けれど、いつも嫁さまの足が泥でよごれているのが気になって、風呂に入るように言うんだけれど、嫁さまは「わたしは風呂ぎらいだから」といって、ちっとも入ろうとしないんだと。
 そのうち男はがまんできなくなって、嫁さまを風呂場に引っぱって行き、足に湯をかけてやった。
 すると、さっきまで元気だった嫁さまが、急にたおれて死んでしまった。

 男は、自分が無理に風呂になんか入れようとしたからだと、ひどくがっかりして、ふと庭を見てみると、朝まできれいに咲いていた菊の花が、すっかりしおれて首をだらんとたらしていたんだって。
 それではじめて、嫁さまが菊の精だってことに気づいたんだと。菊だったら根っこがいつも土の中にあるから、足が泥で汚れていてもふしぎはなからのう。
 根っこに湯をかけられて、さぞ苦しかっただろうと、男はもう一度はらはらと涙を流したということじゃ。
 

 
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