栗子姫
 
 
 むかし、あるところに爺さまと婆さまがおった。ある日、婆さまが山へ栗をひろいに行ったが、時期が悪かったのかちっとも落ちていない。あきらめて帰ろうとすると、たった一個だけ、栗がころがっていたんだと。

 婆さまが栗をひろってかえり、爺さまと食べようとすると、栗がひとりでに割れて、中から小さな女の子がでてきたんだと。
 栗から産まれたから栗子姫と名づけて、爺さまと婆さまが大事にそだてると、女の子はたちまち大きくなって、ひと月もすると年ごろの娘になった。
 栗子姫があんまり美しいので、隣村の長者どのが息子の嫁にほしいと言ってきた。なんとめでたいことかと、爺さまも婆さまも大よろこびしておった。

 その話をきいた山姥が、もとはといえば自分の山でひろった栗から産まれた娘なのに、長者の嫁になるとは面白くないと言って、隣の家の娘にばけて、栗子姫の家に遊びに行った。
「お嫁に行ったらこの村の景色は見られない。一緒に山へ行って村を見ておきなさいよ」
 山姥は、言葉たくみに栗子姫を連れ出すと、山のてっぺんで正体をあらわして、
「お前のかわりにわしが嫁に行ってやる」
と、栗子姫を松の木に縛り付けてしまった。

 山姥が栗子姫にばけて家に帰ると、次の日はもう婚礼の日だったから、きれいな着物をきせられて、爺さまの引く馬に乗って、隣村へと山道をかっぽこかっぽこ行くことになったんだと。
 そこへ、とんびがたくさん飛んできて、
「栗子姫のせず、山姥のせてどこへゆく、ピンヨロー」
と鳴くので、馬があばれ出した。山姥は馬からおちて化けの皮がはがれ、あわててどこかへ逃げて行ったんだと。

 とんびは隣村の長者の家に飛んでいって、
「栗子姫はやまのてっぺん。縛られてないている、ピンヨロー」
と、鳴いた。
 それを聞いた婿どのが山へ行ってみると、てっぺんの松の木にしばりつけられて、栗子姫が泣いているのだった。
 栗子姫を助けて、ふたりして山を下りてゆくと、途中でまたとんびが飛んできて、
「萱の中に山姥がいるよ、ピンヨロー」
と鳴くので、腰の刀で萱を切り払うと、
「ぎゃー」
という、叫び声をあげて、山姥は死んでしまったんだとさ。萱の根元が赤いのは、このとき山姥が流した血を吸ったせいだって。

 こうして栗子姫は助けられて、無事に嫁入りをして、幸せに暮らしたということじゃ。
 

 瓜子姫の変形というか、ウリがクリになり、天邪鬼が山姥になっただけの話。日本全国に類我があるそうで、東北の方では姫が天邪鬼(または山姥)に殺されてしまうバッドなエンディングが多く、西のほうへゆくと、この話のように姫が救われて幸せになる例が多いという。
 どちらにせよ、姫が悪者に木に縛り付けられる、またはそそのかされて木に登らされて落ちるなど、大木と関係した話になっており、諸星大二郎の漫画『妖怪ハンター』では、世界樹伝説との関係を指摘している。

 
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