樽の水
 
 
 関所というのは国と国のさかいめにあるお役所です。ここをとおる旅人や、そのもちものを調べて、危険なものや、輸入を禁止されているものがないか調べる場所でした。

 ところが、関所のお役人には悪い人もたくさんいました。高価なものをみつけると、てきとうな理由をつけてとりあげてしまうのです。とりあげたものは、もちろん自分のものにしてしまいます。

 ある人が、大きな樽(たる)を車にのせてはこんでいました。中には美味しいお酒がたっぷりはいっています。役人にしられたらとりあげられてしまいます。

 そこで、その人は
「中身は小便水ですから、お手をふれないようおねがいします」
と言いました。

 けれども、見るなといわれれば、中に大事なものが入っているとうたがいたくなるものです。役人たちは樽をあけて匂いをかぎました。おいしいお酒のにおいがしました。

「よし、本当に小便水かどうかあらためてやろう」
 そう言って、役人たちは樽の中から酒をのみはじめました。
「ううむ、変わった味のする小便じゃ」
「まだよくわからんな。もうすこしのんでみるか」

 そんなふうに、さんざん飲んでしまったあとに、
「たしかに小便であった。通ってよろしい」
と、ほとんどからっぽになった樽をもち主にかえしました。

 酒をとられてしまった人は、どうにかして役人をこらしめてやろうと思いました。そこで、おなじ樽の中に、こんどはほんものの小便水をたくさんつめて関所にはこんでいきました。

 役人は、男の顔を見ると舌なめずりをしながらいいました。
「おまえはせんじつ、小便水をはこんでいた者だな」
「へえ、そのとおりで。今日も樽の中身は小便水ですから、お手をふれないほうがよろしいかと」
「そういうわけにはいかん。これもお役目じゃ、しっかり中身をあらためさせてもらうぞ」
「しかし、こんどはほんとうに小便水でして…」
「ええい、かまわん。こっちへよこせ」

 役人は、男から樽をうばいました。中身は酒だと思いこんでいますから、すこしもうたがわず、のんでみてびっくり。こんどはほんとうに小便水だったので、きもちがわるくなってはいてしまいました。

 けれど、男がうそをついたわけではないので、ばつをあたえることもできません。
「たしかに小便水であった。とおってよろしい」
お役人はそう言うと、ばったりとたおれてしまいました。
 

  
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