天狗の隠れ蓑
 
 
 彦一さんというとんち自慢がいました。
 ある日、彦一さんは竹の筒を目にあてて、
「むむっ、これはすごい。はるか天竺まで見えるぞ!」
と、ひとりごとをいっていました。

 すると、天狗が飛んできて、
「おい、うそつき。そんなもので天竺が見えるわけがないだろう」
と、恐い顔をしていいました。

 彦一さんは、ぶぜんとして
「うそなもんか。これは南蛮渡来の遠めがねというものだ。これをのぞけばどんなとおいところも見えるんだぞ」
と、いいました。そのようすが、自信たっぷりだったので、天狗は遠めがねというものを自分でものぞいてみたくなり、
「そんなにいうならわしにも見せてくれ」
と、いいました。
「だめだめ。これは大事なものなんだから、ただではかせないね」
「なら、かくれ蓑をやる。これを身につければ姿がきえて見えなくなるのだ」
 彦一さんは、天狗のかくれ蓑をうけとると、
「そんならかしてやろう」
といって、竹の筒を天狗にわたすと、いそいで蓑をきてしまいました。

 天狗が竹の筒をのぞいてみると、天竺どころか目の前のものさえ見えません。遠めがねというのはまっかなウソで、節さえぬいていない、ただの竹の棒でした。
「彦一め、だましたな!」
 天狗はカンカンにおこって彦一さんをさがしましたが、かくれ蓑をきているので、どうしてもみつかりません。竹の筒を投げすてると、あきらめて山へ帰っていきました。

 彦一さんは、天狗のかくれ蓑をもって町へいきました。そば屋へはいっておいしいおそばをたらふく食べると、おかんじょうをしないで店をでました。店の人が、あわてておいかけてきましたが、彦一さんはかくれ蓑をきているので姿がみえません。

 食いにげがうまくいったので、それからははたらきもせず、かくれ蓑をつかってお金をぬすんで気ままにくらしていました。
 ある日、彦一さんがるすのあいだに、奥さんがたんすの整理をしていて古ぼけた蓑をみつけました。
「いやだよ、こんなきたないもの、誰がたんすにいれたんだろ」
 奥さんは蓑をゴミといっしょに焼いてしまいました。そこへ彦一さんがかえってきて、いつものようにかくれ蓑をつかってぬすみに出ようとすると、たんすにしまっておいた蓑がみつかりません。
「おい、かかあ。ここにしまっておいた蓑をしらんか」
「さっきゴミといっしょに燃やしちまったよ」
 彦一さんがあわてて見にいくと、蓑はすっかり灰になっていました。

 しかたなく、灰をひろいあつめて体にぬってみると、かくれ蓑のききめがまだのこっていて、体が見えなくなりました。
「ようし、これでさいごの大仕事だ。長者さんの蔵から千両箱をぬすんでやる」

 かくれ蓑の灰を体じゅうにぬりたくって姿をけした彦一さん。これから千両箱をぬすみだすと思うと、きゅうにふるえがきて、小便がでそうになりました。道ばたで立ち小便をすると、小便が足にかかって灰がとれてしまいました。けれど、彦一さんは気づきません。

 そのまま長者さんの屋敷にいき、いつもの調子で表からどうどうと屋敷にあがりこみました。すると、廊下ですれちがったお女中さんが悲鳴をあげました。
「きゃー、足だけの化け物があるいてるー」
 彦一さんはびっくりして、あたりをきょろきょろ見まわしました。すると、自分の足が見えているのに気づき、あわてて逃げ出しましたとさ。
 

 
◆こぼれ話◆

 種子島では、遠眼鏡のかわりにザルが登場する。

 ある男がザルをかぶって「天狗様、天狗様」と言いながら歩いていると、隠れ蓑を着た天狗が偶然通りがかった。自分の姿を見られたことを不思議がる天狗に、男は「これだけ目があれば何でも見える」と答える。
 男と天狗はすっかりうち解けて、互いに苦手なものを告白し、ザルと隠れ蓑を交換する。まもなく天狗はザルをかぶっても神通力が得られないことに気づき激怒するが、男は天狗が苦手とするグミの木の下にかくれているので近づけない。そこで天狗は男が苦手だと言った餅を投げつけて懲らしめようとするが「まんじゅうこわい」と同じく男は困らない。
 そこで天狗は天へまいあがって小便をするが、あまり勢いがいいので地面がへこんで湖が出来た。これが今の近江平野である。こうして男は隠れ蓑を使って遊び暮らしていたが、働かない男に腹をたてた妻が蓑を燃やしてしまった。
 
 
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