役者の田之久(たのきゅう)さんはお祭りがあるとあちこちによばれていって、おもしろい芝居をみせていました。
ある日、芝居のかえりに日がくれてしまい、ひとりさびしく峠の道をあるいていると、道のまんなかに大蛇がとぐろをまいていました。
大蛇は田之久さんを見ると、真っ赤な舌をぺろぺろ出しながら
「おい、おまえ。こんな時間にこの道をとおるとは、命はいらないとみえるな」
と、いいました。ところが、田之久さんは、すずしい顔をしていいました。
「命なら洗濯にだしてここにはねえよ。わるいがちょっと通してくれないか」
大蛇は大きな口をあけて、ふわふわふわと、わらいました。
「おまえ、おもしろいことをいうな。名まえはなんというのだ」
「はあ、おら田之久というもんだ」
すると大蛇は田之久をタヌキとききまちがえて、
「なんだ、タヌキか。だったら化けてみろ」
と、いいました。
田之久さんは、しかたなく、
「タヌキの早がわりでござい」
といいながら、狐やひょっとこ、おかめの面をかわるがわるつけて見せました。
大蛇は感心して
「すごいもんだ。おまえほどよく化けるタヌキはみたことがない」
と、いいました。
田之久さんと大蛇は、すっかりうちとけて、世間話をはじめました。
「ところでタヌキよ、この世でいちばんおそろしいもんはなんだ?」
「そうだな、おら小判がこわい」
「ほう、小判がこわいとは、めずらしいこともあるもんだな」
「ピカピカ光るもんを見てると目がいたくなるんだ。ところで大蛇の旦那は何が苦手なんで」
「わしはたばこのヤニがこわい。あのにおいだけは、がまんできんな」
こうして、朝まで世間話をしてすごし、夜が明けると大蛇はどこかへきえていきました。
村へ帰ると、田之久さんは村人をあつめて、ありったけのたばこをもってくるようにいいました。それから大蛇の出る峠に行くと、たばこに火をつけてもやしはじめました。
すると、草むらにかくれていた大蛇が、苦しそうにのたうちながら出てきて、
「おまえはタヌキじゃないか。さてはうらぎったな!」
と、さけんで、どこかへにげていきました。
その夜、大蛇は田之久さんの家にあらわれて、
「さっきはよくもやってくれたな。おまえのようなやつはこうしてやる」
と、いいながら、山ほどの小判をざらざらとまきはじめました。
田之久さんは、わらいをこらえながら、
「ひゃー、おたすけをー、小判が、小判がー」
と、こわがってみせました。
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