山姥
 
 
 むかし、気のいい娘がおってのう。
 藤の木の皮をはいで、糸を作る仕事をしておったんだと。

 そこへ山姥がやってきて、娘が指を真っ黒にしながら糸をつむいでいるのを見て、

「どうれ、わしにかしてみれよ」

と、娘から藤の木をもらってのう。するどい爪でばりばりと皮をはいで、左手ぐるぐる巻いてしまうんだと。それから山姥は焚き火に左手をつっこんで、藤の皮に火をつけたんだと。

 娘がおどろいて見ていると、山姥は藤の皮の灰を口にふくんでのう。勢いよくぷーっと吹き出すんだと。

 すると美しい糸が滝のように山姥の口から出てくるんだと。

 娘はおおよろこびで、自分が昼にたべるはずだったにぎりめしを山姥にあげたんだと。
 山姥もたいそうよろこんで、

「明日もくるから、藤の木をたんとよういしておくんだよ」

といって、山へ帰っていきました。

 娘は家に帰り、お父、お母にその話をしたんだと。
 すると、両親は顔をくもらせて、

「山姥が親切なはずがねえ。きっと娘をだまして連れてゆくつもりじゃ」

と、いいました。
 娘は、そんなはずはない。あの山姥はいい人だからと、さんざん両親を説得したけれど、お父もお母も信じようとはしないんだと。

 次の日、約束どおり山姥がやってきたので、お父とお母は作り笑顔でこういったんだと。

「これはこれは、山姥どの。よくまいられました。昨日は娘がお世話になりました。これはお礼のしるしです。にぎりめしをたんとめしあがれ」

 そういって山姥ににぎりめしをあげるんだけど、梅干しのかわりに真っ赤に焼いた石ころをいれておいたから、山姥はのどが焼けて、あつい、あついって苦しんだんだと。

 お父とお母は親切そうな顔をして、

「おや、炊きたてのご飯でやけどをなされたか。ならばお水をあがりなさい」

と、油をのませたから、腹の中で火がついて、山姥は焼け死んでしまったんだと。

 娘はもうびっくりして、こんなひどいことをしたらバチがあたるとふるえておったがのう、お父もお母も「これで娘がさらわれずにすんだ」とよろこんで、山姥の死体を庭に埋めてしまったんだと。

 それから間もなく、お父が病気になって、看病のかいもなく死んでしまったんだと。お母も急に元気がなくなって、幾日もしないうちに死んでしまったと。

 たったひとり生き残った娘も、いつしか村をはなれて、どこへ行ってしまったかわからない。
 村には荒れ果てた家だけが残ったということじゃ。
 

 
目次珍獣の館山海経博物誌直前に見たページ