ヨモギにまつわる昔話
 
 
地獄穴を見た男(アイヌ)

 熊狩りをする男がいた。
 熊をさがして山奥に分け入ると、今まで知らなかった穴をみつけた。
 中が気になって入ってみると、穴は奥のほうで急に開け、大きなエゾマツの木が一本たっていた。その木には死者がつく杖がいくつも立てかけてある。
 さらに奥へゆくと穴の中だというのに海があり、大勢の人が船から荷を降ろしているのに出会った。見知った顔の者がたくさんいたが、みなすでに死んだ人たちばかりだった。男が近づいて行っても誰も気づかない様子だった。

 さらに奥へすすむと小さな家があり、そこには死んだ両親が暮らしていた。
 両親は男を見るとこう言った。
「ここは死者の国だ、生きているお前を呼んだのは、いいきかせることがあるからだ。おまえが供えものをしてくれないので、わたしたちは宴会をしてみなを呼べずに肩身が狭いのだ」
 それを聞くと、男はあわてて今来た道を戻った。

 男は真っ青な顔をして家に帰り、妻にヨモギでお清めをしてくれるように頼んだ。そうして、ひとごこちつくと、さきほど見たことを妻に話した。
「死者の国へ行ったものは長くは生きないという。自分も長くはないはずだが、そういうことなので供物をかかさないでほしい」
そう言うと、男は急に寝込んでしまい、数日後には死んでしまった。

 男の妻は、そのことを長いあいだ誰にも話さなかったが、年老いて自分が死ぬときに子供たちに話して聞かせたという。
 

サマイクルと狐(アイヌ)

 サマイクル(国作りの英雄)とオキクルミが船に乗って交易に行こうとしていた。海に出る時は、水運を守る狐の神に祈りをささげなければいけないが、サマイクルとオキクルミはすっかり忘れていた。

 怒った狐の神がふたりをからかおうとして、沢の水源で歌ったり踊ったりはね回ったりした。すると風が吹いてきて、山の木は根こそぎになってしまうし、海のほうまで大荒れに荒れた。
 調子を良くした狐の神は、ふたりが死んでしまうまで暴れてやろうと思った。船が揺れてオキクルミは海に落ちて死んでしまった。サマイクルは大波が来ても船から落ちなかった。船の上にしっかり立って
「どんな化け物の仕業か知れないが、わたしを相手にして生きて戻れると思うなよ!」
そう言うと、ヨモギの小弓にヨモギの小矢をつがえて狐の神に放った。

 狐の神は、人間の矢が自分に当たると思っていないから、なおもはね回って暴れていたが、サマイクルのヨモギの矢に当たって死んでしまった。
 気が付くと狐は皮をはがれ、便所に漬けられていた。悪い心を持ったせいで、悪い死に方をしたのだから、これからの狐たちは悪い心を持ってはいけなよ、と狐の神は自ら語った。


蛇婿入り(沖縄)

 あるところに美しい娘がいた。
 その娘のところへ夜になると男が通ってくる。どの村の者かわからないが美しい顔の若者だった。
 やがて娘は若者の子供を身ごもった。どこの誰の子かわからず困っていると、隣に住んでいる物知りのおばあが
「縫い針に紐をつけて、どこでもいいから遠くに向かって投げなさい」
と教えてくれた。
 娘は言われたとおりにして、針がどこに刺さっているのか紐をたどって見に行くと、ツカサヤーというところの岩穴に住んでいる蛇の目に当たっていた。それ以来、ツカサヤーの神様には片目がない。
 蛇の子を身ごもった娘は、三月三日にヨモギ餅を食べた。すると、娘の腹から蛇の子がだらだらと生まれたという。


マーメイドの薬草(イギリス)

 美しい娘が肺病を病んで生死の境をさまよっていた。
 娘の恋人が悲しんでいると、どこからか歌が聞こえてくる。
「ヨモギの花が咲いているというのに、その美しい乙女をあなたは死なせるつもりなの?」
マーメイド(人魚)の歌声だった。若者はヨモギの花の先を摘んでしぼり、その汁を娘に飲ませた。すると娘の肺病はすっかり全快した。

 スコットランド南西部のレンフルシャーの逸話では、若い娘の葬列が通りかかったときに水から姿を現したマーメイドが「3月にイラクサの汁を飲み、5月にマゴンズ(ヨモギ、またはニガヨモギ)を食べたなら、きれいな娘がこんなに多く、土になることはないだろうに」と歌った。


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