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アイダンと万里の羊(中国・ナシ族)

 あるところにアイダンという頓知(とんち)のきく男がいました。アイダンは、ひょんなことからムー旦那のおかみさんを殺してしまいます。死んで閻魔(えんま)様の前にやってきたおかみさんは自分がアイダンに殺されたのだと訴えます。調べてみると確かにアイダンが犯人のようでしたから、閻魔様は白無常鬼と黒無常鬼にアイダンを連れてくるように命じました。

 ふたりの鬼がアイダンの家までやってくると、アイダンは涼しい顔をしてこう言いました。
「これはこれは、ご苦労さんでございました。閻魔様のご命令ならば喜んでお供しましょう。だが、ちょうど羊の舌を料理していたところですから、こいつを食べてからではいけませんかね」

 羊の舌の料理はごちそうです。鬼たちは舌なめずりしながら言いました。
「羊の舌と聞いては黙っていられないぞ。おれたちにも食べさせてくれんか」
それを聞いたアイダンは、しめたとばかりにこう言いました。
「あなたがたのような尊い菩薩さまと一緒に食事をするなんてめっそうもない。そうだ、外へ出て、あの小窓から舌だけ出してくださいよ。あっしがこっち側から料理を食べさせてあげましょう」

 アイダンの口車にのって、まずは白無常鬼が小窓から舌を出しました。アイダンは大きなハサミをもってきて、鬼の舌をチョキンと切ってしまいます。
 舌を切られた白無常鬼は口をおさえてぎゃーぎゃーとわめきましたが言葉にはなりませんでした。
「ははは、がっつくから火傷したんだろう。ようし、今度はおれがごちそうになるとしよう」
 そう言って、今度は黒無常鬼が小窓から舌を出しましたが、アイダンはこれもハサミでチョキンと切り落としました。

 口をおさえて苦しんでいる鬼たちを尻目に、アイダンは遠くへ逃げてしまいました。白無常鬼は命を吸い取る傘をひろげて追いかけようとしましたが痛くてそれどころじゃありません。黒無常鬼も投げれば罪人をからめ取る鎖を投げようとしましたが切られた舌が痛くて狙いが定まりませんでした。

 鬼たちがひどい目にあって帰ってきたのをみて、閻魔様は大激怒。自分でアイダンを捕まえることにしました。千里の馬にまたがってアイダンの家の前までくると、恐ろしい声でこう言いました。
「ええい、アイダン。この大悪党め。人殺しをした上に、よくもわしの家来をひどい目にあわせてくれたな。さあ、わしと一緒に閻魔庁へ来るのだ!」

 すると、アイダンは奥から一頭の羊をつれて出てきました。
 それを見た閻魔様は、もっと怒って言いました。
「なんだ、その羊は。一体どういうつもりなのだ!」
「閻魔様は千里の馬に乗っておいでだ。あっしはこの、万里の羊に乗ってお供しようと思いましてね」

 自分の馬よりも速く走るときいて閻魔様は羊がほしくなりました。
「なに、万里の羊とな? その羊はまこと万里の羊であろうな」
「もちろんです、閻魔様の馬よりも速く走れる万里の羊でさぁ」
 閻魔様は、アイダンの羊がほしくなり、自分の馬ととりかえるように言いました。ところがアイダンはウンといいません。
「あっしの羊は主人の言うことしか聞かねぇんで」
「そんなことなら簡単だ。お前の着物をよこせ。服をとりかえれば羊もわしの言うことを聞くだろうからな」

 こうして、ふたりは着物をとりかえて、アイダンは閻魔様の千里の馬に、閻魔様はアイダンの万里の羊にまたがって閻魔庁へ向かいます。ところが、羊はちっとも速く走らない。だまされたと気づいた時にはアイダンは遠くへ行ってしまい、姿が見えなくなっていました。

 閻魔様の服を着て、千里の馬に乗ったアイダンは、閻魔庁までやって来ると、迎えに出た鬼たちにこう言いました。
「わしの後から極悪人のアイダンが羊に乗ってやって来る。捕まえてこらしめてやるのだ!」
 そこへ、羊にのって本物の閻魔様が追いかけて来ましたが、アイダンの服をきているので鬼たちにはわかりません。閻魔様は自分の家来に半殺しの目にあわされて、その間にアイダンは遠くへ逃げてしまいました。
 

筑摩書房『石の羊と黄河の神』より 
白無常鬼黒無常鬼

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