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焼けただれた小羊(アイルランド)

 これは、水道や下水道が整備される前のお話ですが、ヨーロッパでは手や顔を洗った水、台所で使った水をそこらにまいてた時代があります。

 アイルランドでは、そうやって水を捨てる時に「水に注意しろ!」と叫んでから捨てるのだそうですが、人にかからないようにするためじゃなく、辺りをうろついている亡霊に水をかけないようにするためなのだとか。

 ある暗い夜のこと、ある女の人が黙ったまま煮え湯を道にまきました。あたりに人の気配はなかったのに、暗闇からギャァという叫び声がして、誰かが苦しんでいるような声がしました。あわててあたりを確かめますが、やはり誰もいなくて、先ほどまいた煮え湯が水たまりになって湯気をあげています。

 ところが次の日の夜、誰かがその家の扉を叩きました。
 こんな夜更けに誰だろうと思って、おそるおそる扉をあけてみると、背中が焼けただれた子羊が立っています。
 子羊はよろよろと家の中に入って来て、暖炉の前でばったりと死んでしまいました。

「煮え湯で火傷をした亡霊が羊の姿で現れたのだ!」

 そう思った人々は、子羊をていねいに葬りました。
 けれど、次の夜も、その次の夜も、火傷をした子羊が現れて、苦しみながら死ぬのです。

 村の人々は怯えきって、街から司祭さまを呼んでお祈りをしてもらいました。お祈りが神さまに届いたのか、その日から子羊が現れることはなくなりました。
 後で子羊の墓を掘り返してみると、棺の中はからっぽでした。
 

評論社『アイルランドの怪奇民話』より
黒い子羊

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