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羊不爛山(中国)
ようふらんざん

 あるところに、とても高い山がありました。下から見るといつも霞がかっており、仙人が煮炊きにつかう竃(かまど)の煙に包まれているのだと言われていました。この山には広成子という名前の仙人がいて、遠くからたずねてくる仲間のために、羊の煮物を作って待っているという伝説があります。

 ある日、都から偉いお役人がやってきて、この伝説を耳にすると、自分も仙人の料理を食べてみたくなりました。そこで、麓の村で羊と薪を用意して、召使いと一緒に山に登っていきました。

 だいぶ登ったところで料理にとりかかろうと、持ってきた薪に火をつけましたが、くすぶるだけで火がつきません。それでも召使いが頑張って火をつけ、鍋をひにかけて、羊の肉を茹ではじめました。

 一時間くらいたった頃でしょうか。そろそろ羊が煮えているだろうと蓋をあけてみると、どうしたことでしょう。羊にはちっとも火が通っていません。さらに三時間ほど煮こんでみましたが、やっぱり羊は生のままです。

 やがて日もくれてきました。その日はあきらめて、その山にあるお寺に泊まることにしました。お寺の道士(道教のお坊さんです)にその話をすると、道士はまたかという顔をしてこう答えました。

「この山で羊を煮るには仙火をもちいなければなりませぬのじゃ。しかし、仙火を扱うには、仙縁というものが必要でしてな…どうしてもと言われるのなら、三日のあいだ辛抱することじゃて。運良く羊が煮えて食べられたなら、凡人でも仙人と同じ体になれましょうぞ」

 それを聞いたお役人は、仙縁を願って三日のあいだ羊をぐつぐつと煮つづけました。けれど、いつまでたっても羊は生のまま。仕方なく山を下りて都に帰って行きました。

 この話はたちまち評判になり、誰いうともなくこの山のことを羊不爛山と呼ぶようになりました。羊が煮えない山という意味です。
 

サイマル出版『シルクロードの伝説』より
 
 
 勘のいい方ならピンと来るでしょうが、羊にも仙人にも大した意味はなくて、舞台が高い山の上だってことが重要なんです。
 高いところへ登ると気圧が低くなって、水の沸騰点が下がります。水というのは、普通なら摂氏 100 度で沸騰しますが、山の上ではもっと低い温度でブクブク言いはじめます。そのため、いつもの感覚でご飯を炊くと芯が残ってしまったりします。
 もっとも三日煮つづけても生のままというのはオーバーな話。高い山の上でおこる不思議な現象を大げさに言い伝えたものなのだと思います。
 それにしても、仙人がお友達をもてなすために羊の肉を使うというんですから、羊はそれなりに高級な食べ物だったんでしょうね。
羊不爛山

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