唐土に慶植（けいそく）という人がいて、なんとかいう役人になって任地に下ろうとしていました。彼には娘がひとりいて、目に入れても痛くないほど可愛がっていましたが、十歳で亡くなってしまいました。父母の嘆き悲しむことはこの上もありません。

　さて、それから二年ばかりたって、いよいよ任国に下ろうと言う時に、親類や、親しくしている人たちを招いて別れを告げる宴を開くことにしました。お客さまにふるまうために、市場から羊を買ってきてつないでおくと、その夜、母親の夢枕に亡くなった娘が現れます。青い着物を着て、白い布で頭を覆い、髪には玉のかんざしをさしています。生きている時と、まったく変わりない様子でした。

　娘は母親に言いました。
「お父さんもお母さんもわたしのことを可愛がって、なんでも思うようにさせてくださいましたから、わたしはすっかり思い上がり、親に黙っていろんなものを勝手に使い、人にもあげました。盗みとはいえないけれど、親に黙ってした罪で、今は羊に生まれ変わり、その罪を償おうとしています。まさに明日、殺されようとしている頭の白い羊こそわたしです。どうか命だけはお許しください」

　母親はおどろいて、翌朝早く調理場に行ってみると、青い羊で頭の白いのが本当にいるではありませんか。脛と背中が白く、頭にはふたつの斑があります。ちょうど人がかんざしをさす所です。思えば夢の中で、娘は青い着物を着て、頭に白い布をかむって、玉のかんざしをしていました。何もかも夢と同じです。

　あわてて調理人をよびつけて
「この羊を殺すのは待ってちょうだい。主人が帰ってきたら事情を話して許してやるつもりです」
と、言いました。

　父親が出先から帰ってくると、宴の料理が遅れているのに気が付いて、
「何をしている。料理が遅れているではないか」
と、調理人たちを叱りつけました。

　調理人は
「奥様が羊を殺すなとおっしゃったのです。殿がお帰りになったら事情を話して許すつもりだからと」
と、言いましたが、父親はすっかり腹をたてて、
「なにを馬鹿なことを。早く仕事をすすめるのだ」
と言うので、調理人たちは羊を殺そうと吊り下げました。

　そこへ客人たちがやってきて、羊を見て驚きます。十歳ばかりの可愛らしい女の子を、髪に縄をつけてぶら下げているように見えたのです。しかもその子は悲しげな顔をして、
「わたしはこの家の主の娘でしたが、羊に生まれかわってしまいました。どうか皆さま、命をお助けくださいませ」
と、言うではありませんか。

　客人たちは口々に、
「なんてことだ。決して殺してはなりませんぞ。主人に言ってやめさせなければ」
と、あわてて出ていきました。
　けれど、調理人には羊にしか見えません。殿は食事が遅いとご立腹だからと、羊を殺してしまいました。その声は、調理人の耳にはただの羊にしか聞こえません。

　こうして羊を殺し、炒ったり、焼いたり、さまざまな料理にしましたが、客人たちは箸をつけずに帰ってしまいました。家の主が不思議に思ってわけを聞くと、あの羊は娘さんの生まれ変わりですよと言うので、驚くやら、悲しむやら。悩み苦しむうちに病にたおれ、任地に下ることもなく、そのまま死んでしまいました。