七草粥を作るときの「七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に」という歌には続きがあるそうです。「あみぼし とろき ひつき ちりこ げにげにさりげなきやうにて 物の大事は侍りけりと
関連記事として、以下もどうぞ。
◎七草粥(動画あり、歌付き)
http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/blog_wdp/diary.cgi?no=1859
まず「あみぼし・とろき・ひつき・ちりこ」が何なのかっていうと、江戸時代以前の日本の星座の呼び方です。日本にも星座があったし、星に名前もありました。
といっても完全に日本独自のものではなくて、中国から伝わった星座に日本の呼び名がつけられたようです。「あみぼし・とろき・ひつき・ちりこ」を中国の呼び方で書き直すと「亢宿・觜宿・斗宿・張宿」です。
では「亢宿・觜宿・斗宿・張宿」は一体どんな星座かっていうと、月の通り道(白道といいます)の近くにある星座の一部です。
月は、満ちたり欠けたりしながら空をすこしずつ移動して、1ヶ月するとまた同じところへ戻ってきます。1周するのにだいたい28日間かかります。
そこで、古代中国の人たちは、空を28のエリアにわけて、それぞれのエリアに星座をひとつずつ設定しました。全部書き出すとこうなります。
青龍「角宿・亢宿・氐宿・房宿・心宿・尾宿・箕宿」
玄武「斗宿・牛宿・女宿・虚宿・危宿・室宿・壁宿」
白虎「奎宿・婁宿・胃宿・昴宿・畢宿・觜宿・参宿」
朱雀「井宿・鬼宿・柳宿・星宿・張宿・翼宿・軫宿」
これらを二十八宿といいます。角や亢という呼び名は、エリアの名前でもあり、そこにある星座の名前でもあり、その星座を代表する星(距星といいます)の名前でもあります。また、七つずつに区切ってあるのは、東西南北や四季と対応していると考えられているからです。
話が長いので、このへんでちょっと深呼吸しましょう。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー。
さて、この二十八宿という考え方は日本にも伝わりました。今でも高島易断の運勢暦などを見ると、二十八宿が書いてありますよね?
この画像だと一番下の段が二十八宿です。なんでこんなものが暦に書いてあるかっていうと、ひとつずつに占いの意味があって、たとえば角宿だったら新しい着物に初めて袖を通すのに良い日だし、昴宿だったら神仏に祈願するのに良い日ってことになっています。
ちなみに、暦に書いてある二十八宿は、月(moon)の位置とはぜんぜん関係がないようです。十二支が理屈なく繰り返されるように、暦の二十八宿も繰り返されています。
話はまだ続くので、このへんで背伸びでもしてください。両手をのばして万歳して、そのままゆっくり10数えて… はい力を抜いてー。
はい、次行きますよ。
これら二十八宿には、日本独自の呼び名もつけられています。日本語の呼び方にはバリエーションがあるのですが、標準的にはこうかなっていうのを書いておきます。
青龍「すぼし・あみぼし・ともぼし・そいぼし・なかごぼし・あしたれぼし・みぼし」
玄武「ひつきぼし・いなみぼし・うるきぼし・とみてぼし・うみやめぼし・はついぼし・やまめぼし」
白虎「とかきぼし・たたらぼし・えきえぼし・すばる・あめふりぼし・とろきぼし・からすきぼし」
朱雀「ちちりぼし・たまほめぼし・ぬりこぼし・ほとおりぼし・ちりこぼし・たすきぼし・みつかけぼし」
はいはい、日本語なのにさっぱり意味がわかりませんね。わからなくっていいんです。千年以上昔の日本語であったり、話し言葉で伝わるうちに変化してしまい、意味がわからなくなっているものが多いんです。ここでは、「二十八宿には中国語の呼び名と、日本語の呼び名がある」ってことを知ってください。
次からやっと本題です。頭がパンクしそうな人はお茶でもいれてから続きを読みましょう。
さて、問題は「あみぼし・とろき・ひつき・ちりこ」です。中国の呼び名で書くと「亢宿・觜宿・斗宿・張宿」になります。七草を刻むのに、なぜこの四宿を唱えるのでしょうか?
青龍「角宿・亢宿(あみぼし)・氐宿・房宿・心宿・尾宿・箕宿」
玄武「斗宿(ひつき)・牛宿・女宿・虚宿・危宿・室宿・壁宿」
白虎「奎宿・婁宿・胃宿・昴宿・畢宿・觜宿(とろき)・参宿」
朱雀「井宿・鬼宿・柳宿・星宿・張宿(ちりこ)・翼宿・軫宿」
こうして書き出してみると、どうやら四つのグループ(東西南北や四季と対応している)に一宿ずつ入ってるみたいです。青龍(東、春、木)・玄武(北、冬、水)・白虎(西・秋・金)、朱雀(南・夏・火)それぞれのグループを代表する星座であることは間違いなさそうです。
ただ、ちょっと変ですよね。単純に四つのグループを代表させるなら、角宿(すぼし)・斗宿(ひつき)・奎宿(とかき)・井宿(ちちり)とかでもいいと思いません?
思いますよね。思わないと困ります。ここでなんの疑問も涌かない人だと、この先読んでもたぶん面白くないので……いや、そんな人はここまで読まずにやめてるから問題ないですよね。
じゃ、次いきます。
なんでこの四つなのか、前からすごく気になってしょうがなかったんです。で、ふとひらめいたわけです。文字で見ちゃうから謎なんじゃないかと。
ええと、二十八宿が天球(空)を28のエリアに分けた、エリアの名前であり、そこにある星座の名前であり、星座を代表する星(距星)の名前であることは、最初のほうで書きました。
ところが28のエリアは等分割されてるわけじゃないんです。広いところもあれば、狭いところもあります。
たとえば参宿(オリオン座の三星の一番西の星)と觜宿(オリオン座の頭のあたりにある星)なんかは、すごく近くて対応するエリアが狭いです。
一方、室宿(ペガスス座の四辺形の南西の星)と壁宿(同じく四辺形の南東の星)なんかは広いんです。
ってことは、文字にして並べるとてんでんばらばらに見える四宿も、天球に配置されてるのを見たらなんらかの秩序があるのではないかと考えたわけです。
そこで四次元ポケットから自慢げに取り出すのが文明の利器、ステラナビゲータです。
ステラナビゲータはパソコンでプラネタリウムみたなものを見られる超すごいソフトです。見る場所、年月日、時刻などを設定すると、その時どんな星空がみられるかシミュレートできます。古代エジプトのファラオが見た空なんかも再現できちゃうのでビックリですね。表示形式もいろいろ変えられるので便利で手放せません。ただしWindows版しかないの。MacOS版もあったらいいのに!
なおリンク先はアストロアーツ楽天市場店です。アストロアーツはこのソフトを作って売ってる会社です。欲しくなった人はそのまま買っちゃってくださっても構わないんですが、ソフト本体のみの販売以外に、ソフト+公式ガイドブック、ソフト+ガイドブック+入門用DVDのセットなどもあるようですので、とりあえず画像をポチッとやって、行った先で検索しなおしてから考えても遅くないかもね?
30日間無料で使える体験版もあるので、自分のパソコンで動くかどうかは確認したほうがいいと思います。
http://www.astroarts.co.jp/products/stlnav10/product/trial/index-j.shtml
▲体験版のダウンロードはこちら。ちなみにWindows用です。MacOSでは動きません。
このステラナビゲータで下の図を作ってみました。表示形式を「天球儀」にして、白道(月の通り道)を真下から見上げた感じにしてみました。地上からだとこんな風に全ての宿を見渡すことはできないんですが、ステラナビゲータだとこういうこともできちゃうんですね。 # なお、宿の名前は見やすいように、別のツールで書き加えました。ステラナビゲータの画面をキャプチャしただけだと、こういう風にはならない、と思います。
ステラナビゲータのヨイショばっかり長くて、何をするんだったか忘れてしまいそうですが、七草の歌にある亢宿(あみぼし)・觜宿(とろき)・斗宿(ひつき)・張宿(ちりこ)を天球に配置された状態で見たらなんらかの秩序があるんじゃないか、っていう話です。
ところが実際にやってみると、このとおりかたよっていて「秩序? ナニソレ美味しいの?」ってな状態です。あれー、これははずしたかなあ?
いや、でも、ちょっと待って。かたよってはいるけれど、なんとなく等間隔に並んでますよねえ。ものすごく大ざっぱな角距離でいうと 70度くらいずつ離れてきれいに並んでいます。こうなると気になるのが、觜宿(とろき)と斗宿(ひつき)の間がなぜ開いてるかってことです。この間にもうひとつ入れたい。たとえば壁宿(やまめ)でどうよ?
おー?! なんかすごいものが出来上がったような気がします。ちょっといびつではありますが、壁宿を加えると白道が 5分割されるんです。
そうです、そうなんです。方位は四つ、季節も四つですが、中国の思想ならば「五行」でなきゃいけないんです。青龍(東・春・木)・白虎(西・秋・金)・玄武(北・冬・水)・朱雀(南・夏・火)のほかに、もうひとつ黄龍または麒麟(土)が必要です。黄龍に対応する宿を設定することで秩序のある並び方になるのです。
つまり、
古い七草の歌で亢宿(あみぼし)・觜宿(とろき)・斗宿(ひつき)・張宿(ちりこ)と唱えるのは、月(moon)が一周する期間を 7日ずつに分けた場合に、それぞれのグループから代表する宿を選んだもので、なぜその星が選ばれたかというと、月の通り道を五行説にのっとって五分割したときに、ちょうど節目になる星だから。
です。
…たぶんね(笑)
追記:七草の歌(はやしことば)について
「七草なずな 唐土の鳥が日本の国に(唐土の鳥と、日本の鳥と) 渡らぬ先に」という歌に「あみぼし、とろき、ひつき、ちりこ…」という続きがあることは確かなのですが、一体誰がそんなことを言い出したのか(あるいはそう唱えてる人がどこにいるのか)、わたしは知りませんでした。
そのことを twitter に書いたところ、ここのコメント欄で『故事類苑』にあると教えてもらったので以下を読みました。『故事類苑』は明治時代に作られた百科事典で、古代から幕末までを網羅しているそうです。
http://base1.nijl.ac.jp/~kojiruien/saijibu/frame/f000909.html
↑このページは、その故事類苑をテキスト化したものすごい資料の該当箇所なのですが、ここには幕末の随筆『三養雑記』から
桐火桶といふ册子に、正月七日、七草をたヽくに、七づヽ七度、かやうなれば四十九たヽくやと、有職の人申けると計なり、これもしひて問申ければ、それまで のことはとて、笑つヽ語りたまふ、まづ七くさは七星なり、四十九たヽくは、七曜、九曜、廿八宿、五星、合せて四十九の星をまつるなり、唐土の鳥と、日本の 鳥と、わたらぬ先に、七くさ薺、手につみ入て、亢觜斗張げに〳〵さりげなきやうにて、物の大事は侍りけりと、いよ〳〵あふがれてこそ侍りしかと見えたり、 この亢觜斗張は、廿八宿の中の四宿にて、いづれも吉方の星宿なり
と、引用されていて、ネット等で引用されてるのは、どうもこれっぽいです。
しかもですね、これって前後をちゃんと繋げて読むと「唐土の鳥と…(中略)…ものの大事は侍りけり」までが歌(はやしことば)ですよね。ネットに出回っている「と、いよ〳〵あふがれてこそ侍りしかと見えたり」は「…と、いよいよ信仰されているのでございます、と書いてある」みたいな意味っぽい(ちがうか?)ので、余分じゃないのかな。なんでこの歌ヘンテコな伝聞形なんだろうって思ってたんですが、なんだか鼻水が止まらなくなりました…orz
『三養雑記』も『桐火桶』という別の本を引用して七草の叩き方を解説していますが、桐火桶のほうを確認してみないと、どこからどこまでが引用なのか分かりづらく、七草の歌がいつごろから存在しているのかも、今ここではなんとも言えないですが、少なくとも幕末の人は「あみぼし・とろき・ひつき・ちりこ」と星の名前の入った七草の歌を知ってたようです。
『故事類苑』には、七草が「せり・なずな・おぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」になったのがいつ頃なのかっていう話も出てきて、かなり面白いです。明治の百科事典はすごい。
追記2:『桐火桶』の七草に関する部分を読むと
最初の追記では、江戸時代末期の『三養雑記』が、『桐火桶』という別の本を引用している部分に注目しました。
しかし、どこからどこまでが引用なのかわかりにくく、これは『桐火桶』も読んでみなければ、と思っていたところ、国会図書館の近代デジタルライブラリーにあるよと、またもやコメント欄で教えてもらったので見に行きました。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879769/293
ちなみに『桐火桶』は藤原定家が書いたと言われているので、それが本当ならば十二世紀末か、十三世紀初めころに成立したことになるんでしょうか。ただ、こういうのは単なる言い伝えってこともあるので、実際はいつごろのものなのかわかりませんが。
それはともかく『桐火桶』そのものにはどう書いてあるかっていうと、
正月七日、七草をたヽくに、七づヽ七度、かやうなれば四十九たヽくやと、有職の人申けると計なり、これもしひて問申ければ、それまで のことはとて、笑つヽ語りたまふ、まづ七くさは七星なり、四十九たヽくは、七曜、九曜、廿八宿、五星、合せて四十九の星をまつるなり。
唐土の鳥と、日本の 鳥と、わたらぬ先に、七くさ薺、手につみ入て、亢觜斗張
げに〳〵さりげなきやうにて、物の大事は侍りけりと、いよ〳〵あふがれてこそ侍りしか。
という具合に、改行して書いてあるんです。おそらくこの改行は活字にする時に編者が加えたものなんでしょうが、この解釈でいうと七草の歌は「唐土の鳥と、日本の 鳥と、わたらぬ先に、七くさ薺、手につみ入て、亢觜斗張」までで、「げにげに…」より後ろは『桐火桶』の筆者がこれについて何を考えたか、ってことになります。
なお、この部分、古文じゃわからねーよって人のために、おおざっぱに現代語訳すると、
行事に詳しい人たちが「七草は、七回叩くのを七度くりかえして四十九回叩くのだ」とばかり言うので、なぜ四十九なのですかとしつこくたずねたら、「それほどこだわることかなあ」と笑いながら「七草は七星(北斗のことか?)と関係している。また四十九回叩くのは、七曜・九曜・二十八宿・五星(すべて天文関係の用語)をあわせて四十九の星をまつるため」と、教えてくださった。
唐土の鳥と、日本の鳥と、渡らぬ先に、七草なづな、手に摘み入れて、亢觜斗張
まったくさりげない様子で物の大事はあるものだなあと、いよいよ崇拝の気持ちを抱いてしまう。
ってな感じでしょうか。わたしは「まったくさりげない様子で物の大事はあるものだ」までが歌(というか、はやしことば)なのかなあと思っていたのですが、助詞の使い方などを見ると、四宿を唱えるところまでで切るのが妥当かと思います。
いちおう書いておきますが、わたしは学校で古文の時間に八割寝てたのでそうとういい加減、というか文法がさっぱりわかりません。その訳は間違ってるというご意見はご遠慮なくコメント欄へ。
http://base1.nijl.ac.jp/~kojiruien/saijibu/frame/f000907.html
これ、見ました?『古事類苑』のオンラインテキスト。わからんけど、なんか面白さうですよ。
すばらしい!
あみぼし・とろき…の部分がついてる文献を探していたので助かりました。
『故事類苑』にはある。メモメモ。
ありがとうございます。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879769
↑国立国会図書館近代デジタルライブラリー
『群書類従』新校第13巻 コマ番号286〜(本のページは514)
「桐火桶」
いまスマホなので、中味まではチェックしてません。
上記、コマ番号293に七草に関連する記述があるやうです。
改行一字サゲからみて、「げにげに〜」以下は、『桐火桶』筆者の感想ぽいですね。
おおっ!!!
『桐火鉢』をあとで図書館に読みに行こうと思っていたので助かりました。
それを読むと、確かに「げにげに」から桐火鉢の筆者の感想に違いないです。
歌は四宿を唱えるとこまでですね。
そんでもって、七草の歌の原型は藤原定家の時代(十二世紀)にはすでに存在してたらしいこともわかりました。
すばらしい、ありがとう!
あ、火鉢じゃなくて『桐火桶』ね。桶桶。
抱え込んで歌詠んでるとこだけ脳裏に焼き付いてて、桶なのか鉢なのか、うっかりするとどっちでも良くなってしまう。