「パニックルーム」は NIKITA ONLINE というロシアの会社が作ったブラウザゲームで、古い家の中に閉じこめられた主人公が、同じく閉じこめられている人たちと情報交換しながら脱出をはかるゲームです。
といっても、いわゆる脱出ゲームではないので謎解きは一切なくて、部屋の中に散らかっているものの中から、指定されたものを時間内にみつけるだけの、探し物ゲームです。探し物をくりかえして条件がそろうとストーリーが進みます。
ゲーム自体はYahoo!日本語版がモバゲー(PC用のみ)にあります>こちら
Facebook には各国語版があって、表示言語が日本語の設定だと英語版を遊べます。設定をロシア語に変えればロシア語版(これがオリジナル)が遊べるみたいですよ。興味があったら探してみてください。
あと、iPhoneアプリ版も日本語に対応したみたいですね(ものすごく翻訳がおかしいですけどw)。
さて、今回とりあげたいのは、そのゲームに出てくる中国神話についてです。タン・ナカムラという東洋系の女性が出て来て、中国神話にまつわる五つの仮面を探してほしいと言ってくるのです。
▲ゲーム「パニックルーム」より、キャプチャして引用しました。東西南北と中央の五つの仮面を合成すると「ヤオ・ワン、麻薬の王子」という新たな仮面が完成します。
これを見て、デタラメにしてはなんとなく中国語っぽいので、元ネタを探せるのではないかと調べてみると、どうやら『山海経』にも出てくる神々と一致するのでまとめてみました。
すっかり忘れてましたけど、わたしのサイトは最初『山海経』という中国の古典を研究するサイトだったのです(興味がある方は「山海経動物記」「山海経異聞録」とかで検索するなり、珍獣の館のトップから行くなり、適当に探してみてください)。
未だに山海経でうちにたどり着く人がいるんですが、わたしのサイトはいわゆるトンデモですから学術的な研究だと思わないでください……って、自分でいうのものすごくイヤなんですけど、言っておかないと勝手に思い込まれた上に、騙されたくらいのことを言い出す人がいかねない世の中なので……あら、そんなことない? それはよかったです。トンデモは最後まで自分では大真面目のつもりでいなきゃいけないと、わたしは思っているので、知らん顔して大真面目を貫こうかな?
ヤオ・ワン、麻薬の王子
五つの仮面を合成して作る、ヤオ・ワンは、漢字にすると「薬王 Yao wang」のような気がします。「麻薬」とあるのは英語の Drug を誤訳したんでしょうね。変な訳が沢山あるのでこの程度驚きもしません。
ゲーム内の説明では「サン・シーマオと名づけられた」「薬の論文を書いた医者で錬金術師」「竜王自身からその力を得たと信じられていた」「全ての基本的要素と、世界の部分と季節を肉体化して、神になった」だそうです。また、この神は、このあと説明する五つの神を助手として使ったとも説明されていました。
これはたぶん孫思邈(そん・しばく)のことで、北京語読みだと Sun si miao スン・シーミャオ です。唐代の医師で、道士でもあり、薬王廟に祀られている神様です。
この神様は山海経には出てきません。山海経のほうが古いですからね。
# その後、ロシア語版のつづりを入手したので追記します。固有名詞の部分は Яо-вана ヤオ・ヴァン、Сунь Сы-мяо スン・シミャー で間違いなく薬王・孫思邈ですね。うむうむ(笑)
フー・ツー、中央の霊
タン・ナカムラによれば「中国のマスター」「闇の都の支配者」「男性であり、同時に女性」「大地の生みの親」「空の中心のマスター」それと、黄帝と関係があるようなことも言っています。
わからない点もありますが、男性でも女性でもあることを考えると、どうやら伏羲(ふっき)のことみたいです。伏羲は北京語読みだと Fu xi フーシーなので、名前とも一致しそうです。伏羲は蛇身人面の男神で、同じく蛇身人面の女神である女媧とからみついた姿で描かれます。ゲーム中の別のところに「フ・スイ」という表記があり、伏羲のことだとすれば、ツーはシーの書き間違いかもしれません(笑)
この神も山海経には出てきませんが、『淮南子』という別の本に女媧が落ちかけた天を立て直した話が出てきます。
# さて、ロシア語のつづりですが、 Хоу-ту でした。そのまま読めばホウ・トゥーでしょうか。フー・ツーという表記は間違ってないし、伏羲だろうっていう読みは悔しいけどハズレてました。なんだろうと思い、ロシア語で検索してみたら中国神話を解説するページがありまして、フーツーは 后土 Hou tu のことでしたよ。もともと男神だったのが地母神のイメージとまざって女神とされた神です。黄帝の補佐役という設定も一致するし、やっぱり后土ですね。伏羲じゃないのかー、かなり悔しい(笑)
ジュ・ショウ、西の霊
ゲーム中の説明では「遊山の頂に住む」「夕日と夕映えを楽しんでいたのでフン・グアン、赤い輝きと命名される」「空の刑罰の責任者」だそうです。赤い輝きフン・グアンは、漢字にすると 紅光 Hong guang だと思うので、これで調べたら蓐収(じょくしゅう)の別名だとわかりました。
蓐収は『山海経』にも出てくる神です。泑山に住み(西山経)、西方の神で、左耳にへびをからませ、二頭の竜に乗る(海外西経)です。蓐収は北京語読みなら Ru shou ですが、google翻訳に読ませるとジュー・ショウと聞こえるので間違いなさそうです。
蓐収が住むという泑山は、北京語読みだと You shan、遊山も同じ発音なので、翻訳する時に適当に漢字を当てたと思われます。
ゲームの中で蓐収の仮面が出てくるクエストが「ウィザリングの霊」というタイトルになっています。 もとは Withering(萎縮させる)でしょうか? どうも意味のわからないタイトルです。
#ジュ・ショウ、ロシア語のつづりは Жу-шоу で、蓐収で合ってるようです。
# ウィザリングの霊は、ロシア語版だと Дух увядания なので「容赦する霊」とかじゃないのかなあ。空の刑罰の責任者だって言ってるし…なんかこのゲームめちゃくちゃリライトしたい。わたしにロシア語の原稿とバイト代をよこせ。書き直してやる(笑)
セン・メイ、北の霊
ゲーム内の解説では「体の半分だけ、片目、片足、片手、1つの鼻腔を持つ男」「闇を代表し光と戦った悪い水の霊の息子」「後に北のマスター、セ・グアン・チー、偉大な戦士で英雄の助手になる」だそうです。
東・西・南は、どれも山海経に出てくる神々なので、その法則でいうと北は燭陰 Zhu yin になりそうなものですが、発音が全然違います。「片目、片足、片手、鼻の穴が一個」という特徴は海外北経と大荒北経に出てくる少昊の子と特徴が一致しています。セン・メイという固有名の語源は今のところよくわかりません。「セ・グアン・チー」が何者なのかも謎です。
セン・メイという発音に近く、片目片足片手…の特徴にあう中国の神をご存知の方は御一報を。また、セ・グアン・チーの正体もお教えください。
# これだけ予想もつかなかったのがずっと心残りで、いつかロシア語版を見てやると思っていました。最近になって、パニックルームのロシア語の攻略ウィキを発見しまして、オリジナルのつづりが判明しました。センメイのロシア語のつづりは Сюань-мин シュアン・ミン…わかった、コメント欄で指摘があった通り玄冥だよ!! いやあ、すっきりしたー。玄冥だと特徴が違うけど、燭陰の別名としてとらえてるのかもですね。
# 残念ながらセ・グアン・チーСе-гуан-цзи は謎のままです。現在考え中。「Сюань-мин был сыном злого духа воды, олицетворявшего мрак и сражавшегося со светом, но позже стал помощником владыки севера Се-гуан-цзи, великим воином и героем.」こんなフレーズに出てくる。
わかった、 セ・グアン・チー Се-гуан-цзи は、 ピンインだと Zhi guang ji 、漢字で書くと汁光紀 だー!
ここまでの道のりは長かった。Се-гуан-цзи で検索して、ロシア語の中国神話のサイトを必死で解読。「Хэй-ди ヘイディという北方の主はセ・グアン・チーという名前の精霊である」であるという記述を発見。Хэй-ди は黒帝という字を当てられるのはすぐわかった。直前のフレーズで、西の主が白虎であると書かれていたので、最初はセ・グァン・チーも形状であろうと考えた。北は色なら黒か紫で、北極星も北のシンボル。だったらセ・グアン・チーは se-guang-qi で 色光紫という字をあてるんじゃないかと推測。
もしそうなら、中国の古典に「黒帝是色光紫」というようなフレーズがあるに違いない、なきゃおかしいと思って探したところ『春秋文曜鉤』という本(たぶん『春秋』の註釈本だろう)に「黒帝曰汁光紀」というフレーズを発見。汁光紀は黒帝の名前で、発音は Zhi guang ji ツィ・ガン・チー。
ロシア語のサイトを改めてみると Се-гуан-цзи [«запись гармонии и света (?)»] と書いてある。« » 中は「調和と光の記録」と書いてあるので、汁光紀の意味を説明してるわけだ。
というわけで「後に北のマスター、セ・グアン・チー、偉大な戦士で英雄の助手になる」は「後に北方の主・汁光紀の助手となり、偉大な戦士や英雄の守護者となった」とか訳すとそれっぽい。
やっぱこれわたしにリライトさせてくれ(笑)
コウ・マン、東の霊
ゲーム内で解説される特徴は「東と木の霊」「2頭の竜の上に座っている」「鳥の体と人間の頭を持つ」「フ・スイのマスターの監督(原文のまま)」「春の責任を負う役人」「彼の人格や行為は不明」とのこと。
これは名前も特徴もそのままで、海外東経に出てくる東方の神・句芒(こうぼう)のことでした。「東方は句芒、鳥身人面、両龍に乗る」とあります。北京語の発音だと Gou mang ゴウマン だそうです。ほかに、穆公(ぼくこう) Mu gong という人のところに現れて「お前には徳があるので天帝が十九年の寿命をくださった」と告げたという伝説が、郭璞という人の注に出てきます。
おもしろいことに、集英社の全釈漢文大系『山海経・列仙伝』の訳注にも「この神については詳しい神話が伝わっていない」とありました。タン・ナカムラがゲームの中で同じことを言っているので、洋の東西を越えて同じものを見てるかもしれないですね。
山海経からわかるのは以上ですが、百度百科を読むと少昊の跡継ぎ(后代)で伏羲の家来(臣)だと書いてあります。>百度百科:句芒を見る(中国語)
「フ・スイのマスターの監督」は意味不明すぎて何が言いたいのかよくわかりませんが、フ・スイは伏羲 Fu xi の発音に通じるので、伏羲の家来であることを説明しているのかもしれません。
# ロシア語のつづりはГоу-ман なのでカタカナで書くなら「ゴウ・マン」で、句芒のことであってる。
# フ・スイのロシア語のつづりはФу-сиで、これが伏羲だろうっていう読みは正解でした。
チュー・ユン、南の霊
ゲーム内の解説は「火の霊」「偉大な光」「南と夏のマスター」「南海の神」「2頭の竜に乗る」「西江のほとりで共工を創る」「共工は彼の敵になる」だそうです。
共工の父なので、祝融(しゅくゆう)のことだと思います。北京語読みだと Zhu rong チューロンで、発音は少し違ってますが、これまでの状況を考えると書き間違いなどで説明のつくレベルでしょう。
『山海経』に出てくる祝融は、南方の神は祝融で、獣身人面、両龍に乗る(海外南経)、長江のほとりに住み、共工を生んだ(海内経)とあります。
共工と戦ったという話は山海経にはないのですが、『史記』の「三皇本紀」にそういう記述があるそうです。>Wikipedia:祝融を見る
# ロシア語のつづりは Чжу-жун で、カタカナで書くならチュー・ジュン、ジュー・ジュン、ツー・ジュンとかでしょうか。祝融のことですね。
# どうも中国語の r の発音を、キリル文字では ж に置き換えるみたい。
タン・ナカムラって何者?
ゲームの中でこれらの仮面を探してほしいと言うタン・ナカムラは、東洋系の女性で、とても内気で礼儀正しく、いつも子ども部屋に隠れています。たまにキッチンでジェニーという女性の登場人物とおしゃべりしているようです。
「中国語はそれほど上手ではありません」と言っているので中国生まれではないものの、中国系であることは間違いなさそうです。名前から考えると父親か母親が日本人かもしれません。彼女が探してくれと言ってくるものは、ほとんどが中国関連ですが、『古事記』を探してほしいと言ってたこともあります。
ゲームはロシア製なので、シナリオを書いているのはロシアの人でしょうか。わたしたちが海外の古典を読むように、ロシアでも日本の『古事記』が知られているのかと思うと、少し嬉しいような気もします。まあ、出てくるのは『古事記』という書名だけなんですけどね。
追記:
その後、Facebook版をやってる人から聞いたんですが、タン・ナカムラは日系人らしいです。フルネームがイサミ・タン・ナカムラで、タンはミドルネームですらなく、ただのニックネームだとか。ロシア人には中国神話も日本神話も見分けついてない…というか、なんとなく東洋っぽさを出したいだけで、神話にまで興味ないんだろうな(笑)
玄冥(xuán míng)?
なるほど、禺彊の別名ですか。
発音はそれっぽいし、たしかに海外北経でも「北方禺彊(字・玄冥)」と明言されてる!
でも、禺強だと片目で鼻の穴が一個みたいな話が見当たらないですね。
片目で…っていう特徴がまるまる勘違いなんでしょうか?
セ・グアン・チーも気になります。
ほかの神については謎の固有名詞も含めてかなり同定できているので、これもどこかに納得できる着地点がありそうな気がするんですけど。
その後、ロシア語版の攻略ウィキを発見して、原文を確認したところ、やはり玄冥であってましたよ(本文にも追記しました)。どうもありがとうございます!