兎園小説の夷言粉挽歌をアイヌ語で解読してみる

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 以前からやろうと思っていた「夷言粉挽歌」の解読をやってみた。これは『兎園小説』という江戸時代の随筆集に収録されたもので、わたしが底本としたのは『日本随筆大成 第二期 1 兎園小説 草蘆漫筆』である。日本語と夷言(アイヌ語)がセットになっている興味深い文献だが、本当にアイヌ語で読み解けるのか、前から気になっていた。

 わたしのアイヌ語力は「入門書を斜め読みした程度」で、辞書をひきひき頑張っている状態である。間違いだらけであろうし、別の解もありうると思う。アイヌ語を理解する方にご意見をいただければ幸いである。なお、辞書は萱野茂さんの『アイヌ語辞典』を参照した。

 緑字が兎園小説にあるオリジナルの文で、黒字はわたしの解読である。

念仏上人 ユホウンシンハイナ
# ユホウンシンハイナ カムイユカラの繰りかえし部分みたいなやつだろうか?

是や人々 教を聞よ
タハアンウタレ エハカシユカス
tap-an utar epakasnu kokanu
タパン ウタレパカシヌ コカヌ
これなる人々よ 教えを 聞きなさい

 tap タプ 今、これ
 an アン いる
 utar ウタリ 仲間たち
 epakasnu エパカシヌ 教え
 kokanu コカヌ 聞く


早いか遅いか 一度は死ぬぞ
トナシモイシカ アリシユイライナ
tunas moyre ka  arsuy ray na
トゥナシ モイレ カ アラスイ ライ ナ
早い 遅いか 一度は死ぬぞ

 tunas トゥナシ 早い
 moyre モイレ 遅い
 ka カ ?? 調子を整えるために日本語の「か」を入れた?
 arsuy アラスイ 一度
 ray ライ 死ぬ
 na ナ 〜だぞ


死ぬがいやなら 念仏申せ
ライホコハナキ ネンブツキカン
ray (ho) kopan ne ciki NENBUTU KIKAN
ライ コパン ネチキ ネンブツキカン
死ぬのがいやならば 念仏を聞こう

 ray ライ 死ぬ
 kopan コパン 拒否する
 neciki ネチキ 〜ならば
 ネンブツキカン 日本語:念仏聞かん


申す人なら いつなん時に
キクルネヘキネ センハラヤソカ
KIKURU ne-pe ki ne henpara yakka
キクル ネペ キ ネ ヘンパラ ヤッカ
聞くる その者 するならば いつであっても

 キクルは日本語
 ne ネ その
 -pe ペ 〜もの
 ki キ する
 ne ネ 〜ならば
 henpara ヘンパラ いつ
 yakka ヤッカ 〜であっても 


仮のからだの 死たるとても
ウヽセネトハチ ライハネヤツカ
u-use netupa aci ray (h) a=ne yakka
ウウセ ネトゥパチ ライ ア・ネ ヤッカ
みんな普通の体は穢れて 死 我らそうなるとしても

 u ウ 互いに、みんな
 use ウセ 普通の
 natupa ネトゥパ 体
 aci アチ よごれた
 ray ライ 死
 a= ア 私たち
 ne ネ そうなる
 yakka ヤッカ …であっても


蟬の脱がら 捨つるがごとく
ヤアキセイヘシ ヲシヨウコラチ
yaki sey-pe osura koraci
ヤキ セイペ オスラ コラチ
蝉が殻を捨てるように

 yaki ヤキ セミ
 sey セイ 貝殻
 -pe ペ …もの
  sey-pe 殻?
 osura オスラ 投げる、捨てる
 koraci コラチ 〜のように


月も日も 死せざる国へ
チコブアフレハ シヨモライコタレ
cup ahun ru somo ray kotan
チュプ アフン ル ソモ ライ コタン
日月の入る道 死のない村

 cup チュプ 太陽、月(両方ともチュプ)
 ahun アフン 入る
 ru ル 道
 somo ソモ 違う
 ray ライ 死ぬ
 kotan コタン 村


往て生れて 心のまゝに
ヲマンセカトハ ヤヱラムアニネ
oman [               ]    yaye ram an hine
オマン「    」ヤイェ ラム アニネ
行って ???? 自らの心のままに

 oman オマン 行く
 セカトハ 不明
 yaye ヤイェ 自分
 ram ラム 心
 an hine アニネ 〜になって


妻や子供が かあいぞならば
エマチホホタレ ヲマツフハネチキ
e=maci po potara omap pa neciki
エ・マッ ポ ポタラ オマプ パ ネチキ
お前の妻、子を 案じ 可愛がる ならば

 e=  エ お前
 maci マチ 女、妻
 po ポ 子供
 podara ポタラ 案じる
 omap オマプ 愛する、かわいがる
 pa パ 強調
 nechiki 〜ならば


共に念仏申すがよいぞ
ウトラネレフツ キイチキヒリカ
utura NENBUTU KIITE ki pirka
ウトゥラ 念仏 聞いて キ ピリカ
一緒に念仏を聞き 良くして

 utura ウトゥラ 一緒に
 ネンブツ 日本語の念仏
 キイテ 日本語の聞いて
 ki キ 〜する
 pirka ピリカ 良い、良く

此世は必ず 災難受けず
タレムシリカタ シヨモヤイホムシユ
tan mosir ka ta somo yayhomsu 
タン モシリ カ タ ソモ ヤイホムス
この世において 災難にあわない

 tan この
 mosir 国、世の中
 ka ta カタ 上に 
 somo 違う、否定
 yayhomsu 災難、危機


後世は分 浄土に生れ
ムシリホツハユ アヲラムトクテ
mosir hoppa e  a=o-ram-etok te
モシリ ホッパ エ ア・オ・ラメトク テ
残りし世で 我らそこで魂をとがらせて(勇敢に)

 mosir モシリ 国、世の中
 hoppa ホッパ 残る
 e エ 〜で
 a= ア 我ら
 o オ そこで
 ram-etok ラメトク 勇敢に(魂を尖らせる)
 te テ 〜させる


一つ蓮の 台に乗って
シネツフユフイナ カシケタオヽハ
sine-p epuyke kasike ta a=o or ta 
シネプ エプイナ ハシケ タ ア・オ オロタ
一個の花の 上に 乗る その時に

 sine-p シネプ 1個 
 epuyke エプイケ 花
 kasike カシケ 上
 ta タ 〜で
 a=o アオ 我ら乗る
 or ta オロタ(オッタ)〜時に


永く楽しみ 死ぬことぞなし
ヲホンノヌヤツネ シヨモライルネネ
ohonno yakne   somo ray ru ne ne
オホンノ ヤクネ ソモ ライ ル ネ ネ
長い間    死なないのである

 ohonno オホンノ 久しく、長く
 yakne ヤクネ(ヤッネ) 〜すると、〜なら 
  yak anak ne ヤカナクネ 〜すると、〜ならば
   など、他にも解がありそう
 somo ray ソモライ 死なない
 ru ne ルネ 〜のだ
 ne ネ 強調

 蝦夷地(北海道)にある大臼山善光寺の弁瑞上人が夷人(アイヌ)に念仏を教えるために作ったものだと説明がある。

 こうしてみると、内容はデタラメではなく、アイヌ語として通用しそうに見える。アイヌ語を学んだ和人が作ったものか、あるいは日本語を理解するアイヌが訳したものかは定かではない。

 大臼山善光寺は今も北海道にあるという。寺の公式サイトによれば弁瑞は三代目住職で、四代目の弁定が「天保三年(1832年)仏彦の名で「念仏上人子引歌」の版木を刻印する」とある。また、宝物殿にはアイヌ語の念仏を並記した版木が現存するとのことである(見たい。見たいぞ。ものすごーーーく見たいぞ!)。

表記の特徴
 半濁音の記号が書かれていないことが多い
 拗音・発音は小さく書かれていない
 トゥ(tu)をトと表記している
 レ←ン シ←ツ ソ←ツ ユ←コ・エのような書き間違いがある

 日本語が混ざっている 例:念仏 聞かん 聞く

 サシスセソの音がサシシュセショになっている。アイヌ語のどこか地方の発音なのかもしれない。
 死ぬという単語は ray ライ だが、この文章の中では rayho とか rayhe のように終わりにhの音がついてる部分が多数ある。短い単語が挿入されているのかもしれないが、わたしの語学力ではこれ以上わからなかった。

 日本語では「念仏申せ(唱えろ)」と言っているが、アイヌ語では「念仏聞かん」になっており、立場の違いが面白い。

 最後に、わたしのタイプミスでないことを確認するために『日本随筆大成 第二期 1 兎園小説 草蘆漫筆』の当該ページを撮影して引用する。

IMG_9150s  ×チコブ→○チュプ のような書き間違いがどの時点で発生しているのか気になり、兎園小説の影印を国会図書館まで探しに行ったこともあるが、この部分はないということだった。有珠善光寺の宝物殿にある版木がどうなっているか気になる。

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珍獣ららむ〜 の紹介

特技はおりがみとお蚕の飼育と世の中の役にたたないこと全般です。養蚕が普通の仕事だったらニートでヒキコモリの体質から脱出できそうな悪寒がします。DQ10はほぼ引退しました…だってストーリーが完全にソロゲーなんだもの。/ちなみにわたしが珍獣を名乗っているのは1999年からで、イモトよりも古いです。ワンピースは知らん。イモトですねって聞かれるとあっちがマネだと答えたくなる。 twitter などでは chinjuh です。

兎園小説の夷言粉挽歌をアイヌ語で解読してみる への2件のフィードバック

  1. 宮月かなめ のコメント:

    こんにちは。
    もう3年も前の記事なのでご興味失っているかもしれませんが、該当の本の写真が掲載されている資料を見つけましたので、ご連絡申し上げました。

    https://swu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=6207&file_id=144&file_no=1

    写真と見比べると、サイト主様が参考にされた活字本は、どうもカタカナ表記のアイヌ語の品質がかなり低いように見えます(アイヌ語を全く知らない人が活字化したとしか思えません)。
    自分もツイッター上などで読み解いていってみようかと思います。
    ご参考になれば幸いです。

    • 珍獣ららむ〜 のコメント:

      ありがとうございます。よその人の解釈を読むと勉強になりますので、ぜひ、宮月さんなりの解読をお願いします。twitterをフォローさせていただきました。

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