引っ越したので下のバナーから移動してねん。
唐突に昔のことを思い出すというのはよくあることだし、思い出すたびに心にひっかかって離れないというのもありがちなことで、その記憶というのがおろそかにしておいてもなんら問題もないものだから、いつまでたってもおろそかなままなんだけど、やっぱり思い出すたびに気になって仕方がないということも世の中にはありがちなことなんだと思う。
今日の唐突な思い出しは、手塚治虫にまつわること。それはサンリオが『リリカ』という漫画雑誌を出していた頃だから、今からかれこれ20年も前の話。その雑誌に手塚治虫が『ユニコ』という漫画を連載していたのは、わりと有名な話。
その当時、日曜か土曜の午前中に、サンリオが民放のどっかの局で30分の子供向け番組をやってたわけですよ。内容をほとんど覚えていませんが、たぶん『リリカ』の販売促進をかねたみたいな番組で、スタジオの客席は子供ばっかりで、ひょっとしたら生放送だったかもしれません。
その番組に手塚治虫がゲスト出演したこともありました。そのとき司会者が「これから漫画の神様が漫画を教えてくれます。誰か漫画を描ける人」とかなんとか言うと、元気のよさそうな男の子が何人かハイと手をあげました。それを見た手塚治虫は「じゃあ君、ここでちょっと描いてみて」と、そのうちのひとりを選んでホワイトボードの前に立たせました。
その子は黒いマジックを手にして何やらチマチマと細かい絵を描き始めました。その前で手塚治虫と司会者が漫画やアニメの話をしていました。まもなくそれが、あるアニメの絵だということに誰もが気づきます。手塚も横目で見ながらそれが何かわかったようでした。
子供はカメラが回ってることも忘れたかのように、一心不乱にちまちました絵を描き続けました。あまり長いことかかっているので、手塚が「君、まだ描けないのかい」とか言ったような気もします。あまり時間がかかるので、その子が絵を描き終える前に、何か別のコーナーを間に挟んだかもしれません。
そして、ようやくできあがった絵はなんだったかというと、その当時の男の子ならば、誰でも一度くらいは描いてみたことがあるんじゃないかと思うのですが、当時の男の子には大・大・大人気、今でも超有名アニメの『宇宙戦艦ヤマト』だったのです。しかも、当時の男の子たちは、なぜか古代進や森雪ではなく、ヤマトそのものをチマチマ描くのを練習していて、その子も得意げにヤマトを描いたのです。子供にしては上手だったと思います。
しかし、ゲストは手塚治虫です。漫画の神様です。代表作がたくさんあります。完成したのはどこをどう見ても松本零士作品でした。そのときの手塚治虫の不機嫌そうな様子といったら今思い出しても笑いが漏れてしまうほどなのですが、
「君、漫画というのはこんなに時間をかけて描いてちゃダメだ」
と、子供相手に滅茶苦茶な理屈をふりかざして、ホワイトボードの余白に鉄腕アトムかなにかを超高速で殴り描いて番組は終わったと思うんです。
手塚治虫は、自分の作品は劇画じゃない、漫画だとずっと言ってて、時間をかけて描いちゃダメだという言葉には、これは漫画じゃなくて劇画だよというような意味もあったのですけど(松本が劇画かどうかは別として)、やはり若手がもてはやされてるのが素直に悔しかったのではないかと思うんです。その不機嫌さに手塚治虫っぽさが凝縮されているような気がして、思い出すたびに「このオヂサンかわいい」と思ってしまうんですけど、そのような貴重な一瞬を見せてくれた、あの番組は一体なんというタイトルだったか、いくら思い出そうとしても思い出せません。思い出せなくても別に困りはしないんですけどね。