ひとつ目孫左衛門
 
 
 北巨摩郡江草村(今の須玉町)の湯殿に孫左衛門という男がいたんだと。怪我か病か、わけはわからないが、昔から片目がなく、ひとつ目孫左衛門と呼ばれておった。

 ある日、孫左衛門が草刈りにでかけると、屏風岩の下でふたりの仙人が碁を打っていたと。仙人は孫左衛門を見ると、
「さあ、こっちへきて、豆でも食べていかんか」
と、豆を煮たものをすすめてくれたんだと。

 ふっくらと煮えた美味しい豆でのう。孫左衛門はすすめられるままに豆を食い、仙人にお礼を言って家に帰ったんだと。

 孫左衛門が村へ帰ると、自分の家は荒れ果てて、屋根は腐り、あたりには草がぼうぼう生えておった。

 孫左衛門がとほうにくれていると、通りがかりの人が、
「もうし、どうなされましたかな」
と、声をかけてくれたと。

 ふりかえってみると、まるで見覚えのない顔だから、
「旅のお人にはわかるまいて」
と、孫左衛門はガックリと肩を落としてのう。

 それを見た通りがかりのお人は、よっぽどのわけがあるんだろうと思って、
「わしはこの村で生まれ育った者だで、何か困りごとがあるなら話してみないか」
と言うんだと。

 孫左衛門は、村の者の顔ならみんな知っていると思ったけれど、たずねられるまま、自分の名前や、草刈りに出かけたことなどを話したんだと。

 その話を聞くと、村人はうーんと考え込んでのう。
「百年も昔のことだが、この家の孫左衛門という片目の男が草刈りにでかけたまま帰らなかったと伝えられておる。
 年老いたおっかさんが息子の帰りを待っていたそうだが、間もなく亡くなられたということじゃ」
と、言うんだと。

 こうして、天涯孤独になった孫左衛門は、村にとどまっても知る人もなく心細いばかりなので、自分も仙人になろうと山へ戻ったんだと。

 月日は流れ、柴刈りにでかけた村の者が、山で孫左衛門を見かけたそうじゃ。

 孫左衛門は山で暮らすうちに身長は一丈にもなり、灰色のひげが胸までとどき、髪の毛はすっかり白くなり、のび放題で背中をおおっていたと。ただ、ひとつ目だけが昔のままだったので、そのバケモノが孫左衛門だということがわかるんだと。
 草木の皮をつづって着物とし、藤の皮で作った草履(ぞうり)をはいておった。

 孫左衛門は、村人を見るとしたしげに寄ってきて、柴刈りの手伝いをしてくれたそうじゃ。こんな山奥でどうやって暮らしているのかとたずねると、
「獣をとらえて生で食くうておる。食い物は山にいくらでもある」
と言ったそうじゃ。

 その後、孫左衛門は何百年生きたかわからないが、風を呼び、雨をふらせ、嵐を巻きおこす力をえたという。いつしか村人たちは孫左衛門を恐れ、孫左衛門天狗と呼ぶようになった。

 子供が言うことをきかないと
「山から孫爺がくるぞ」
と言って、おどかすようになったんだと。
 

◆こぼれ話◆

 仙人が碁をうっている場面は、北極星に寿命を延ばしてもらう話に似ているが、家に戻ると百年すぎているところは浦島太郎にそっくりである。

 孫左衛門が片目だというのも興味深い。ギリシア神話のキュクロプスは、雷神ゼウスのために稲妻を作る鍛冶屋である。また、嵐を起こしてオデュッセウスの船を沈めたことも知られており、嵐と関係があるのだと思われるが、キュクロプスは孫左衛門と同じく目がひとつしかない。

 嵐(暴風雨)の神が鍛冶屋や製鉄業と関係があるのは金属を熱する時に鞴(ふいご)で風をおこすからであろう。また高熱の炉を長時間見つめているうちに目を痛める職人が多かったために嵐の神は鍛冶屋で隻眼というイメージにむすびつく。

 ざんねんながら孫左右衛門の話には「鉄」が出てこないが、「主人公は隻眼」という設定がなんの必然性もなく前提とされている点は見逃せない。

参考>山海経異聞録・一つ目・一本足・一本腕の民
 
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