こぶとり爺
 
 
 むかし、あるところに、ほっぺたにこぶのあるおじいさんがいました。そのこぶというのがゲンコツほどもある大きなもので、めざわりだし、みっともないし、どうにかしてとってしまいたいものだと思っていました。

 ある日、おじいさんは山で道にまよい、あてもなくさまよっているうちに日がくれてしまいました。

「しかたない。今夜はここで野宿することにすべ」

 おじいさんは、おおきな木のみきにあいた、大きなさけ目にはいってねてしまいました。

 どのくらい時がたったことでしょう。おじいさんはにぎやかな笛や太鼓の音で目をさましました。

「なにごとだべ。まるで祭りのようだども」

 おじいさんは外のようすをそっとのぞいて、こしをぬかしそうになりました。頭に角をはやし、こしには虎皮のこしまきをした鬼たちが、笛や太鼓でストトンヒャララとおかしげなお囃子(おはやし)をしているのでした。

 ところが、お囃子ばかりで舞うものがありません。

「はあ、おっかねぇ鬼だども、あのお囃子はおもしろいのう。わしゃ、体がむずむずしてならん」

 おどりのすきなおじいさんは、がまんできなくなって木のさけ目からとびだしました。

  そーれ
  テレツクテレツクスッテレテー
  鬼に食われて死ぬのなら
  おどりおどってトレヒャララ

 おじいさんがおどりだすと、鬼たちはおおさわぎ。

「なんだ、こんなところに人間がいるぞ」
「だが、こやつの舞はたまらなくゆかいだ」
「いいぞ、じじい。もっと舞え」

 おじいさんは夢中でおどりつづけました。
 やがて夜が白みはじめると、鬼の大将がいいました。

「おい、じじい。今宵はおぬしのおかげでじつに楽しかった。わしらは明日の晩もここでお囃子をしてるから、また来て舞を見せてくれ」

「へえ、明日の晩もかならずまいりますだ」

「よしよし。だが口約束では信用できんな。そうじゃ、これをあずかっておこう」

 鬼の大将はおじいさんのこぶをむんずとつかみ、ぶちんともぎとってしまいました。

「あいたたたた…なんてことするだ」

 ほっぺたをさわってみると、あれほどめざわりだったこぶがなくなっていました。

「安心しろ。明日の晩ここへくれば、また顔につけてやる。そんなめだつところにつけて歩いておったのだから、さぞ大事なものだろう。返してほしくば明日の晩もかならず来るのだぞ」
 そうして鬼たちは一番鶏がなくまえにどこかへ消えていきました。

 ところで、おじいさんの家のとなりに住んでいるおじいさんも、顔におおきなこぶがありました。

 おとなりさんが鬼にこぶをとってもらったという話をきいて「なら、今夜はわしが行って舞ってくる」と、おじいさんから聞いた道をずんずん歩いていきました。

 どこまでも歩いていくと、みきにさけ目のある大きな木をみつけたので「ははん、鬼がくるのはここだな」と、さけ目に身をかくして夜になるのをまちました。

 真夜中になると、どこからともなく鬼たちが集まってきてストトンヒャララお囃子をはじめました。

「ようし、出ていってひとおどりするだ」

 おじいさんが木のさけ目からとびだすと、鬼たちはやんややんやとはやしたてました。

「じじい、よく来たな。まってたぞ」
「そらおどれ。昨日のようにゆかいにやってくれ」

 けれど、鬼たちのこわい顔をみていると、足がすくんでおどりどころではありません。体がふるえて歯の根もあわずガチガチ音をたてています。あっちへよろよろ、こっちへよろよろ、ついにはころんでしまいました。

 鬼の大将はカンカンにおこって、
「なんだ、じじい。昨日とちがうじゃないか。もういい、おぬしの顔など見たくないわ。こぶは返してやるから二度とここへはくるな」
と、いったかとおもうと、昨日もぎとったこぶをおじいさんの鼻のあたまにペシャリとぶっつけました。

 おじいさんが顔をさわってみると、ゲンコツほどもある大きなこぶが鼻のあたまにくっついて、ねじっても、ひっぱってもとれません。もとのこぶのほかに、もうひとつこぶをくっつけられて、おじいさんはがっかりして山をおりましたとさ。

解説(?)へ
 
 
目次珍獣の館山海経博物誌直前に見たページ