浦島太郎
 

 むかしむかし、あるところに浦島太郎という人がいて、海に出て魚をとる仕事をしていました。

 ある日、太郎が漁から帰ってくると、浜辺で子供たちが大きな海亀をいじめていました。
「これこれ、子供たちよ。いきものをいじめてはいけないよ」
 太郎は子供たちにおこづかいをやって、亀を海にかえしてやるようにいいました。

 それから三日後のことです。
 いつものように海で魚をとっていると、海の水が急にうずをまいて、中から大きな海亀が顔を出しました。

「太郎さま、わたしは先日たすけていただいた亀でございます。竜宮の乙姫さまに、ご恩をうけたことをお話しましたら、ぜひお招きするようにといわれました。さあ、わたしの背中にのってください」

 太郎は亀の背中にのって、ゆらりゆらりと海の底にしずんでゆきました。ふしぎなことに水の中でも息がつづきます。海の底には大きな宮殿があって、美しいお姫さまが太郎を出むかえました。

「太郎さま、先日は亀をたすけてくださってありがとうございます。わたしは竜王の娘で乙姫ともうします。宴(うたげ)のしたくがととのっております。さあ、こちらへどうぞ」

 それからは、ただ夢のような時がながれました。見たこともないごちそうが次から次へとはこびこまれ、美しい魚たちがヒラリヒラリと舞いおどっています。見るもの、聞くもすべてがめずらしく、気づいてみると、三日たっていました。

 太郎はきゅうに家が心配になりました。家には年老いたお母さんが太郎の帰りをまっているはずなのです。

 太郎は乙姫さまに家に帰りたいといいました。乙姫さまは、まだいいでしょう、もう少しここにいてくださいと引きとめましたが、太郎がどうしても家のようすが気になるというので、乙姫さまは太郎に美しい玉の手箱をわたしてこういいました。

「この箱をもっていてください。けれど、けっしてあけてはいけませんよ。箱をあけてしまったら、二度と竜宮城にはもどれなくなります」
 こうして太郎は亀の背中にのって、陸へかえっていきました。
けっして開けてはいけませんよ…
 三日ぶりに帰ってみると、どうしたことか家がみあたりません。それどころか、道ゆく人たちは見たことのない顔ばかり。太郎は通りがかりの人をつかまえて

「すみません、このあたりに浦島という家があったと思うのですが」

と、たずねました。すると、

「ここらにはわしが子供のころから家なんかないがなあ。そういえば昔、ここらに住んでいた漁師が海へ出たままかえってこなかったというよ」

「その人には年をとった母親がいたはずですが、どこへいったかわかりませんか」

「さあなあ、わしのうまれる前のことだから、もうとっくに亡くなっているだろうさ」

 竜宮城にいたのは、たった三日のあいだだったのに、陸では三百年もたっているのでした。太郎はおどろいて、どうしていいかわからなくなりました。たったひとりで浜辺をあるいているうちに、もうどうなってもいいという気持ちになって、乙姫さまからもらった玉手箱をあけてみました。

 すると、中からけむりがでてきて、気づいてみると太郎はよぼよぼのおじいさんになっていました。
 

◆こぼれ話◆

 浦島太郎のお話として一般に知られているものは、室町〜江戸時代に成立した『御伽草子』にあるものをベースにして、明治になってから巌谷小波(いわやさざなみ)が書き直したものがもとになっている。
 『御伽草子』の物語も、それが原作というわけではなく、『日本書紀』や『丹後国風土記』に、浦島太夫の子(浦島子)が亀と結婚する話として記録されている。
 

御伽草子版の浦島太郎
横浜の浦島伝説
 
目次珍獣の館山海経博物誌直前に見たページ