語り部屋珍獣の館山海経博物誌直前に見たページ
とってもシュールな猿蟹合戦
(日記より転載)
 おともだちがいうには『猿カニ合戦』という昔話はつまらないらしい。とにかく意味がわからないという。

 何がわからないのかと聞いたら、おにぎりと柿の種を交換してしまうところから意味不明だという。なぜカニが「おにぎり」を持ち歩いているのか。そして損するのが目に見えている取引に、どうしてのってしまうのかと。
 ううむ、そう言われてみれば不条理な話のような気もする。
 そもそも猿カニ合戦とはどのようなお話か。

 カニがおにぎりを食べようとしていると、猿がやってきて横取りしようと悪知恵を絞る。「おにぎりは食べてしまえば終わりだが、柿の種は育てれば木になり毎年おいしい柿の実をみのらせる」という猿に、カニはそれもそうかと、おにぎりをわたして代わりに柿の種をもらう。

 猿の提案どおりうまくいけばいいが、種なので芽が出る保証はない。ギャンブルに近いような取引だ。おまけに普通のカニは木登りをしないから、自分で実をとって食べることさえできない。どうするつもりなのだ?

 案の定、カニはたわわに実った柿を取ることができなかった。そこへ猿がやってきて「君は木登りができないだろうから、自分が登って取って来よう」と木に登り、カニには青い未熟果を投げ与えて自分だけ甘い実を食べてしまう。猿が投げた青い実はカニに命中。カニは潰れて死んでしまうのだ。

 「こんな話は理解できない。面白くない」というお友達に、わたくしはこう言ってやった。

「うむ、わからないといいまくるネタならそれでもいいが、ネタをふる相手を選んでからするのだな。悪いがわたくしは "そうそう、つまんない話だよね〜" などと相づちを打ったりはしないぞ。まあ聞け、そこに座れ。

 まず "にぎりめし" だが、主人公がカニだったことにヒントがあるのではないかね。君はコメツキガニを知っているかな。砂浜で砂と一緒に餌を口にいれては、余分な砂を丸めて捨てるカニのことだよ。そのカニが食事したあとには米粒状の砂団子が無数に転がっているのだ。つまりカニとは田んぼを耕して米を作る農民を意味している。そしてにぎりめしは稔りの象徴なのだ(参考>珍獣様の博物誌・コメツキガニの食事風景)。

 それから猿だが、これは頭のいい役人かなにかだろう。農民が汗水たらして作った米を、みょうな理屈をこねて巻き上げてゆく悪い役人だ。カニは米を巻き上げられてしまったので柿を育て始めるが、これは飢えた農民たちが米を刈り取ったあとの田んぼで自分たちが食べるためのものを細々と作ってる様子かもしれない。だが、猿はこれも横取りしたのでカニは死んでしまった。

 こうまでされて黙っていられるだろうか。昔話では臼と蜂と栗がやってきてカニの仇を討つことになっている。百姓一揆を暗示しているのかもしれないし、実際には暴動を起こすことさえできないので、物語の中だけでも悪者をやっつけて楽しんだのかもしれないな。

 まあ、簡単にいえば、弱い者いじめをする悪いやつをこらしめてやったというお話だ。水戸黄門や暴れん坊将軍は面白いだろう。あれと同じだ」

 ネタにはネタを。
 おともだちの"わかんない"攻撃は、珍獣様の"どうだわかったか"攻撃によって倒された。

 だがおともだちはレフリーが10数える前に立ち上がり、次のように言ったのだ。
「じゃあなんで臼と蜂と栗なのよ」

 おともだちがいうには、臼や栗が歩き回っているのも理不尽だし、蜂がカニのともだちだというのもよくわからないらしい。

「臼が動き回ることについては、たぶん憑喪神というやつだろう。長く使われた道具に魂がこもる現象だな。農民が大事に使っていた身近な道具に魂がこもって敵討ちをしてくれたんじゃないかな」

「じゃあ栗は?」
「ううむ…」
「蜂はどうなのよ」
「む、むぅ…」
「いっそ身近な道具つながりで、針と糸とハサミとかじゃだめなわけ?」

「ぬぅ、手強いな。だが、針じゃダメなのかという問いには、蜂がいるじゃないかという答えでどうかね。針が歩き回るのより "針をもった蜂" のほうがドラマチックではないかね。

 実際のところ、アイヌの昔話では針が出てくるぞ。アイヌは農耕の民ではないからシチュエーションも違っている。主人公は女神で、悪い化け物が求婚してきたのを断ったせいで命を狙われているのだ。女神の危機を救うために、針男とカニ男と臼男がやってきて…あとは猿カニ合戦の後半部分とほぼ同じ。この話ではカニも参戦しているのでハサミもあるじゃないか」

 けれど、おともだちは一歩も引かなかった。
「で、栗は?」

「ええい、なんとゆうしぶとさなのじゃ。わかった、悪かった。栗はわからん。なんらかの道具を暗示しているのかもしれないが、それらしいのを思いつかんわ」

「ほっほっほ、どうよ、やっぱりわからない話だわ」
 おともだちは高らかに笑い、珍獣様は敗北を認めざるをえなかった。
 おともだちよ、たしかに今回はお前の勝ちかもしれない。
 だが、相手は昔話なのだからそういうこと言いはじめると、まともな話はひとつもなくなるぞ?

[追記]
 あれからもうちょっと考えたのですが、年貢でもっていかれてしまう米のかわりに食べるもののひとつとして栗が出てくるというのはどうかしら。口さみしいので囲炉裏で栗を焼いて食べようとしていたら、栗がパンとはじけてビックリするというようなことが日常的にあったので、猿をやっつける小道具に加えられたんじゃないでしょうか。
 
 さらに蜂ですが、これは農家の軒先に巣を作ってしまったスズメバチかなんかではないかと。その家に住んでる人はどこに巣があるか知っているので気を付けて通れば蜂に襲われることはない。でも、よそ者がやってきて乱暴に踏み込もうとすると蜂が驚いて攻撃態勢にはいる…と。実際、田舎へいくと、スズメバチの巣をむげに壊したりしないで共存してるとこもあるし(少なくとも珍獣様の小さい頃はまだあったよ)。そう考えると、蜂は都会派の役人をやっつけるのに適役という気がしてくる。
 
 アイヌの昔話で、蜂が針になっているのは手作業への親しみの違いかもしれません。女の子は小さい頃から地面に模様を描いて刺繍の図案を作る練習をしてるそうだし、アイヌの場合、主人公はカニじゃなく女神だから、女の人の身の回りの道具と考えれば納得できそう?
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