有翼で人面の生き物 |
孰湖と英招のページをアップロードしてから、ふと、下の図はいつごろ描かれたものなのか気になりはじめました。『山海経』は2千年も前の本ですが、この絵そのものはそれほど古くはなさそうです。
人の流れがあるところには文化も流れるものだし、山海経に出てくる奇妙な生き物と、イスラム教の聖獣に関係がありそうだと書いたところで無理はないと思うのですが、この絵だけでそういう事を書くのは、かなりの手抜きかもしれません。 後書きを読んでもらえればわかるのですが、この
山海経動物記 は専門的な勉強をした学者が書く文章ではなく、ただの化け物好きが適当なことを偉そうに書いているだけなので、資料に厳密さを求めるつもりはあんまりないのですが、必用がなくとも興味を持てばつっこんで調べちゃうのもまたアマチュアのさがとゆうもの(そうなのか?)。思い立ったが吉日、とっとと調べてみました。
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まず、この絵はどこから取り込んだものかというと、ある本に掲載されていた広告からです。
それは平凡社の「イメージの博物誌(全16巻)」の広告なのですが、特にどの本に収録されている図なのかは書いてありませんでした。 広告を眺めていても始まらないので、問題の本そのものを近所の図書館で探したのですがみつかりませんでした(役にたたねー)。 |
しかたなく、他に手がかりになりそうな本はないかと図書館をうろついていると、こんな本を発見しました。 出版・編集/視覚デザイン研究所古今東西の美術作品の中に登場する天使を紹介しつつ、その天使にどういう伝説があるのかなどを解説した本です。難しい専門書ではなく、目先の変わった美術鑑賞入門のようでした。 キリスト教の天使だけでなく、日本の天女なども紹介されており、イスラム教の天使についても書かれています。そして、問題の宗教画も掲載されてました。この絵は大英博物館に所蔵されているもので、16 世紀頃に描かれたもののようです。また、この宗教画はマホメットが天界へ行った時の様子を描いたものだそうです。 イスラム教の開祖マホメットは、天のお告げを聞いて紀元後613年にイスラム教の教えをひろめはじめました。ある夜3人の天使が現れてマホメットの心臓を洗い清め、彼をアッラーの神がいる天界への旅に誘います。
こうなると、イスラム教の物語に出てくる天使や珍獣が『山海経』に影響を与えたのではなく、むしろ、山海経に記録されているような古い伝説が、イスラム教の方に影響を与えていると言った方がよさそうです。聖獣ブラークの故郷は古代中国なのか?! それはともかく、イスラム教はもともとユダヤ教から派生したものなのだそうです。キリスト教もやはりユダヤ教から派生したものです。 ごくごく大ざっぱに言うと、唯一神を信じるユダヤ教というのがまずあって、神の教えを人間に伝える預言者という人たちが何人も現れます。エジプトからユダヤ人の奴隷たちをつれて逃げたという、映画『十戒』で有名なモーゼも預言者のひとりです。 そういった預言者のひとりとして現れたのがマホメットで、彼を正しい預言者と認めた人たちがイスラム教徒です。でも、ユダヤ教では彼マホメットを正しい預言者として認めてはいないようです。 また、ユダヤ教には「いずれ人々を苦しみから救う救世主が現れる」という教えがありますが、その救世主として現れたのがイエス・キリストです。 イエスを救世主と認めた人たちがキリスト教徒と呼ばれるようになり、それを認めなかった人たちがユダヤ教徒、ということになります。つまり、ユダヤ教を信じている人たちは、今でも救世主が現れるのを待ってるというわけ。 そんなわけで、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教には、共通した名前の天使や預言者の伝説がたくさんあったりします。イスラムの天使たちがキリスト教の天使に似ているのは、まあ当然のことですね。 ユダヤ教は『山海経』より古い時代からあったものです。また、ユダヤ教の教典のひとつにもなっている『出エジプト記』によれば、モーゼが神のお告げをもとに作った聖なる箱には、ケルブと呼ばれる天使の像が取り付けられたと言われています。 そして、ケルブはその二つの翼を上方に広げて、覆いの上方を翼で仕切り、その顔は互いの方に向かっているように。(出エジプト記 25章20節より)ケルブの姿には諸説あって、人型だったとか、獣のような姿だったとか、いろいろに言われていますが、とにかく彼らには翼があったようです。人面で翼のある聖なる生き物の伝説は、けっこう古い時代からあったようですね。 しかし、翼のある聖獣の伝説は、なにもユダヤ教・キリスト教・イスラム教の専売特許ってわけじゃありません。古代エジプトでは死んだ人の魂は人面の鳥のような姿で描かれますし、バビロニアの遺跡からは有翼の獣や人の姿をかたどったレリーフがたくさんでてきます。 ……結局、 何が最初で何に影響を与えたかはこれっぽっち調べたくらいじゃなんとも言えないわけですが、まあ、そういう不思議な連中のいくつかは『山海経』の中にも登場してるのでせう(そんなアバウトなことでいいのだろうか)。 |
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