テイレイ
釘霊の国がある。その民は膝より下に毛が生え、馬の蹄、よく走る。(海内経)--809
絵・文とも『山海経』より |
郭璞によれば、釘霊国の人は自らの蹄にムチをあてて一日に三百里も走ると説明している。同様の伝説が『魏略』にも見られる。丁霊国の中には馬脛国があり、その国の人は馬の足を持ち、馬よりも早く走るという。このことから、前野直彬氏は中国の広い範囲に釘霊国の伝承があったのではないかとしている。
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プリニウスの『博物誌』によれば、インド東部の山の中には半獣半人のサテュロスが住むという。サテュロスはヤギの足と角を持っており、神話では牧神パンの子孫とされる。
プリニウスがインドに住むと言っているサテュロスは非常に敏捷で、四つ足で歩き、時には人のように立って走る。あまりに素早いので捕らえることができず、たまにつかまることがあっても年老いたものか病気のものだけだという。釘霊国人の伝承とよく似ている。 |
牧神パン この絵はC.S.ルイスの『ナルニア国物語』の表紙絵。作中ではこの生き物のことをフォーンと呼んでいる。 余談だが、長さの違う葦笛を連ねた楽器のことをパンフルートというのは、パン神がその楽器を得意としていたからだ。 |
プリニウスはヒマラヤ山脈の不思議な種族についてたくさん記録しているが、その姿形、性質が『山海経』の、特に海経部分に出てくる諸民族を思わせる部分が多くある。 たとえばアバリモンという大峡谷の森林には、足が後ろ向きについている種族がいて、非常に早く走るとある。これは『山海経』の梟陽国人の特徴と良く似ている。 そういえば、先に紹介したサテュロスは四つ足で歩き、人のように立って走るというのだが、これはショウジョウの特徴と一致する。 郭璞は「ショウジョウを牛のようだとするのは誤りだ」と注釈しているのだが、サテュロスには角がありヤギのような蹄があるというのだから、中国式に言えば牛のよう(もしくは羊のよう)だと言える。先の割れた蹄は牛の特徴だし、角があるのもまた牛の特徴なのだ。 ここには不思議な流れが見える。
ショウジョウ
一方、『山海経』(特に海経)は、インドやアラブ諸国、ギリシア・ローマの伝承にかなりの影響を受けているフシが見うけられる。ひょっとすると海経部分の執筆者は、なんらかの形でプリニウスの『博物誌』を目にしたのではないかとさえ思えるほどだ(この点に関しては改めて追求したい)。 東アジア発のサルの伝説が西へ伝わるうちに蹄を持つ人の伝説にかわり、引く波がまた寄せるように再び中国へ戻ってくるというような情報の流れが目に見えるようで面白い。 もしかすると、郭璞が誤りだとしたショウジョウ=牛説も、西から流れてくる情報に影響されているのではないだろうか? |
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