蜚 | ヒ
獣がいる、そのかたちは牛のようで白い首、ひとつの目で蛇の尾、その名は蜚。水を行けば水尽き、草を行けば草枯る。これが現れると天下に疫病がはやる。(東山経四の巻) 絵・文とも『山海経』より
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牛のようだというが、別の部分では鴆という鳥が好んで食べるとも書かれている。となれば、やはり普通の虫サイズだろうか。
漢和辞典を引くと蜚という名前はゴキブリのことだと書かれている。そういえば黒光りするゴキブリは、艶のある黒牛のような色だといえそうだ。 目がひとつしかないというのは、おそらくある種のゴキブリに見られる背中の模様のことだろう。チャバネゴキブリやワモンゴキブリの背中には、目玉に見えそうな模様がついている。 蛇の尾というのがわからないが、ゴキブリの醜悪さを怪物化したのが蜚だとすれば、そのくらいの小道具はあっても不思議はない。 |
チャバネゴキブリ
世界中どこにでもいるといわれているゴキブリ。茶色くてひ弱そうにも見えるが、実は繁殖力が強く、油断しているとものすご〜く増える。イヤラシサ120%な虫だけど、よく見ると背中の模様は虎目石に似てる。 ……はっ、ゴキブリを宝石にたとえるなんて! |
ワモンゴキブリ
背中に輪のような紋様がある。この模様が目玉模様っぽくも見える。熱帯のゴキブリなので気温が摂氏20度より下がると動けなくなってしまう。中国にも南のほうにはいるらしい。日本でも、冬中あたたかくしている家の中でなら見られる。 |
しかし「水を行けば水尽き、草を行けば草枯る。これが現れると天下に疫病がはやる。」というくだりを読むと、ゴキブリごときにこれほどのマネができるとはとうてい思えない。むしろ、イナゴやバッタなど、農作物に大規模な被害をあたえる虫を考えるべきかもしれない。
小学館の『新選漢和辞典』を読むと、蜚は(おそらくは虫が)飛ぶことを意味する漢字だという。「蜚声」といえば名声が四方に飛ぶことだし、現在では流言飛語と書かれる熟語も昔は「流言蜚語」と書かれた。悪い噂の影響は、イナゴのような虫が農作物を食い荒らしながら移動する様子に似ている。その後に残るのは荒れ果てた心と大地だけだ。 また蜚という文字は、ゴキブリのほか「へひりむし(ゴミムシ・オサムシ・カメムシなど?)」「くびきりばった(クビキリギス?)」のことも指す。蜚鴻と書けば「ヌカカ(蚊によく似た小さな虫で吸血する。牛などの疫病を媒介する)」を意味する。 害虫であること、飛ぶことという条件さえ満たしていれば、かなり広範囲の虫が「蜚」に含まれそうだ。 |
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