熊っぽい獣たち

 
 ヒ
ヒ (西山経一の巻 中山経九の巻 海外南経 大荒東経 大荒南経 大荒北経)

 
ヒグマヒグマ(クマ科)
 学名で Ursus arctos と呼ばれるクマのこと。ヨーロッパ・アジア・北アメリカに広く分布。日本のエゾヒグマ、カナダ・北アメリカのハイイログマ(グリズリー)がヒグマの仲間である。

 ツキノワグマ(ヒマラヤグマ)より大きく、肩のあたりに盛り上がりがあるのが特徴。胸の白い月の輪状の模様は、あるものとないものがある。

 とは、ヒグマを意味する文字である。
 後の人(おそらく郭璞だと思う)が羆について「熊に似て黄白色、馬鹿力があり、木を引き抜くことができる」と注をつけているが、ヒグマの毛色は茶色っぽく、黄白色というには濃すぎる。
 しかし、ヒマラヤグマなどと比べると毛色が明るく、光の加減で白っぽくも見えそうだ。『山海経』の本文には 名前だけ 6回現れ、一切説明がないところをみると、さして珍しい動物ではなさそうだ。これはただのヒグマと見るのが正解なのかもしれない。

 しかし、「黄白色」という特徴に注目して「羆って白いですか?」と掲示板に書き込んでみたところ、いくつかの面白い説が出てきたので紹介したいと思う。


歳をへた動物は白くなる(bakenekoさん)
 犬や猿などもそうだが、獣は老いてくると毛色が薄くなることがある。歳をへた大熊のことを記録したのではないか?

ヒグマは色彩変異を起こす動物(まさかげさん)
 ヒグマには、顔だけ白っぽいものや、肩のあたりだけ白っぽいものなど、体色に変化があり、「黄白色」というのはそのことを特に記録したのではないか?

ヒグマのアルビノは本当に真っ白(まうご犬さん)
 まうご犬さんはこのようなサイトを紹介してくれた。
 http://www.tohoku-safaripark.co.jp/howaito.fils/howaito.htm
 アルビノ(体に色素をもたない突然変異体)の動物の写真を集めたページである。真っ白なヒグマの写真もある。野生では生存が難しいアルビノだが、ある条件がかさなる地域では多く目撃される。日本でいえば、 岩国の白蛇 や吾妻の白猿がその例である。「熊に似て白い」というのは、アルビノの羆をみかける土地の記録ではないか?

南米には祭りのとき白い熊の姿で踊る民族がいる(涜神犯人さん)
 南米にはホッキョクグマ(シロクマ)はいない。それどころかクマの動物がほとんどいないのだが、どういうわけか南米には白いクマの姿をして踊る民族がいるというのだ。原南米人はかつてベーリング海峡をわたり、アジアから大移動して南米にたどり着いたモンゴロイドだと言われている。かれらは、祖先が大移動の途中で見たホッキョクグマの記憶を再現しているのではないかというのだ。
 北極圏から遠く離れた南米にそのような民族がいるのだとしたら、中国でも同じことがあってもよさそうである。
 

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 そこで、新たに候補として登場したホッキョクグマについて考えてみよう。

 右の図のように、ホッキョクグマは体毛が白く、真っ白というよりは、黄色くよごれたような色をしている。
 このクマは北極海沿岸だけに棲むので、古代中国人と接点がなさそうにも思えるが、シベリアの少数民族はホッキョクグマを狩りの対象としていただろうし、その毛皮は物々交換で中国人の手にも渡った可能性がある。

ホッキョクグマホッキョクグマ(クマ科)
 世界最大級のクマ。その名のとおり北極海沿岸に棲息し、南極にはいない。全身が真っ白なためシロクマとも呼ばれる。泳ぐのが非常にうまく、魚やアザラシなどを取って食べる。
 『山海経』とは時代がだいぶ違うが、元の時代に中国大陸へやってきたマルコ・ポーロはホッキョクグマの存在を知っていた。ポーロの著書『東方見聞録』をひもといてみると、カンチ国というタタール人の国には全身が二十パーム(約 4m )もある巨大な白い熊がいると書いてある。体の大きさからいってホッキョクグマである可能性は高い。

 また、『おお パンダ!!』(翡楊社)によれば、ローマ帝国時代にはコロシアムでホッキョクグマが拳闘士と戦っていたという記録もあるという(出典は不明)。これが本当ならば古代中国人がその存在を知っていても不思議はない。

 このように、ホッキョクグマは思ったより古代中国と接点のある生き物であるらしい。


 
 
ジャイアントパンダジャイアントパンダ(パンダ科)
 パンダと略して呼ばれる場合もあるが、レッサーパンダ(小パンダ)に対してジャイアントパンダ(大パンダ)と呼ぶのが正式である。 中国四川省などの山奥に棲息し、クマに似ており、白と黒の色分けが愛らしいため動物園では大人気である。現在はその数を減らし、絶滅の危機に瀕している。

 ジャイアントパンダはイヌ・ネコ・クマなどと同じく食肉目の動物で、内臓の作りなどを見ても本来肉を食べるべき生き物であるらしい。ところが、ご存じのとおりパンダの主食は笹や果物など植物性のものばかり。肉食獣の短い腸で植物質の餌をこなすため、ほとんど未消化の繊維質の糞をする。

 ジャイアントパンダは何科に分類するかいまだに意見がわかれるようだ。レッサーパンダと一緒にアライグマ科に分類する場合もあり、かつてはクマ科としていたこともある。

大熊猫のことでは?(涜神犯人さん)
 大熊猫とはジャイアントパンダの中国名である。パンダもまた熊に似て、白い(部分のある)生き物である。実は羆をパンダのことだとする説は昔からあるのだ。

 フランス人宣教師のピエール・ダヴィッド神父は、聖職者でありながら中国の動物に多大なる興味を注ぎ、シフゾウ(四不像・シカの一種)やトキ(朱鷺)などをヨーロッパに紹介した人である。
 1869年のこと、神父は四川省西部のムビン村にて、ベイシュン(白い熊)と呼ばれる生き物の毛皮を見たという。それは、白と黒にはっきりと色分けされた熊のような生き物の毛皮だった。
 神父は地元の猟師に「ベイシュン」の捕獲を依頼するが、猟師はこの生き物を撃ち殺してしまい、神父の手元に届いたのは死体だったという。
 この生き物こそ、今でいうジャイアントパンダのことである。

 珍獣は、パンダ最大の特徴は黒と白の色分けにあると考えるので、羆(黄白色の熊)をパンダとする説には懐疑的なのだが、ダヴィッド神父の時代にパンダが「ベイシュン(白い熊)」と呼ばれていたとすれば、あながち的外れな説ではないと思う。

ジャイアントパンダについては、
山海経外典・ジャイアントパンダ
も読んでほしい。

 珍獣の結論としては、『山海経』の本文にそれらしい説明がないことと、あちこちに頻繁に出現していることなどから、羆はあくまでヒグマのことだと思うのだが、さまざまな説が入り乱れるのもまた、博物学ごっこの楽しみといえる。

 中国の故事にこんな話があるらしい。

 ある国の王様には小さな息子おり、たいへん賢いと評判だった。あるとき王様は息子にこんなことをたずねた。
「都と太陽と、どちらが近いと思うかね?」
 すると息子は得意げにこう言った。
「太陽だと思います」
「ほう、なぜそう思うのかね」
「都は目をこらしても見えませんが、太陽ならすぐそこに見えます」
 賢いとはいえ、やはり子供である。王様は自分の息子の子供らしい発想をいたく気に入った。
 それから間もなく、都から皇帝の使者がこの国を訪れた。王様は使者をもてなす宴の席に息子を呼び、先日と同じ質問をした。太陽と都はどちらが近いと思うかね。
 ところが息子はこう答えるのだった。
「都のほうが近いと思います」
期待した答えと違うので、王様はおどろいた。
「おや、どうしてだね。先日とは答えが違うではないか」
「太陽は毎日見えますが、太陽から人が来たことはありません。でも都からはこうして使者の方々がいらっしゃいます。だから都のほうが近いと思います」
 珍獣はこの話を羽仁進のなんとかいう本で読んだのだが、出典がなんなのかはすっかり忘れてしまったし、詳細はちがっているかもしれない。けれどこの王子の話は、博物学ごっこの極意を言い表しているような気がするのだ。

 
 

 セキセキ
セキセキ

 黒い蟲がいる。熊のようなかたち、名はセキセキという。(大荒北経)

『山海経』より

 
 蟲という文字は虫だけでなく爬虫類や獣も意味する文字である。これも熊の一種と見るべきだろうか? 黒いといえば、アジアに広く生息するヒマラヤグマの体色は黒く、英語でも Himalayan Black Bear という。

 あるいは本当に虫なのかもしれない。
 日本語では大きく、荒々しく、強く恐ろしいもの、または毛深いもの、のそのそと這って歩くものなどをクマと呼ぶ傾向にある。たとえば笹に対して熊笹、啄木鳥(キツツキ)に対して熊啄木鳥(クマゲラ)などがその例である。虫にもクマバチ(熊蜂)というのがいる。体が大きく毛の生えた蜂のことだ。
 中国語ではどうなのかちょっとわからないが、熊をイメージさせるような毛深く大きな虫である可能性も捨てがたい。

<注>
 クマザサは隈笹とも書くが、この場合は「葉に白い隈取り(縁取り)がある笹」という意味である。
クマバチ
クマバチ
 
 
 
 クマ
クマ (西山経一の巻 中山経九の巻 海外南経 大荒東経 大荒南経 大荒北経)
 いずれも名前だけで説明はない。単純に熊が多い土地だということだろう。
 

 

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