挿し絵はありません 黒蛇と青蛇

 黒水の南に黒蛇がいて、麈(おおしか)を食べている。巫山というものがあり、その西に黄色い鳥がいる。帝の薬を納めた蔵が八棟あり、黄色い鳥が巫山でこの黒蛇を司っている。(大荒南経)

  大きな青蛇があり、黄色い頭で麈(おおしか)を食べている。(大荒北経)
 

文は『山海経』より
 

 
 
 麈(おおしか)というのはヘラジカなど大型の鹿のこと。象を食べる巴蛇ほどではないが、鹿を食べる蛇も化け物級の大蛇ではなかろうか。そう思って調べてみると、おどろいたことにそうでもないらしい。
 ふつう、生き物の口は上顎と下顎が直接つながっているが、蛇の場合は方骨という骨が中間にある。そのため方骨の分だけ口を大きく開けることができる。その様子が他の生き物にくらべて不自然に見えるので、俗に「蛇は獲物を飲み込むときに顎の関節をはずす」などと言われる。この特殊な顎のおかげで、たいていの蛇は自分の頭の10倍、ニシキヘビのような大蛇になれば20倍くらいの獲物は丸飲みするそうだ。
 古代中国人が目にした可能性がある蛇で最大のものは、マレーシア・ビルマ・タイ・フィリピンなどに生息するアミメニシキヘビで全長が9メートルにもなる。これは南米のアナコンダとならんで世界最大級の蛇だ。
 このくらいの蛇になると獲物も大きい。鳥や猿はもとより野生のイノシシや鹿もとるそうだ。つまり、麈を食べるほどの大蛇はごく普通に実在するのである。

 もっとも、『山海経』に登場する黒蛇や青蛇が東南アジア産のニシキヘビとはかぎらない。特に黒蛇は巫山で黄色い鳥に司られているというからには、実在のものというよりは神秘の存在なのだろう。
 日本にも大蛇伝説は多いが、日本のように国土が狭く寒さの厳しいところでは、大蛇が餌にするような大きな動物がそうたくさんは生息できないため、実在したとはとうてい考えられない。神話に登場する八岐大蛇(やまたのおろち)などは、氾濫する川のイメージが蛇という形になったものだと言われている。
 『山海経』の大蛇も実在の生き物とするよりは、誰しももっている強いものや大きいものへの畏敬の念が形になったもの、あるいは、辺境民族の信仰の記録と見るべきかもしれない。 

 
 
前ページへ目次へ次ページへ